「仕事の出来る人になるために 〜自分で自分を評価しよう〜」

 

この記事に興味を持ったあなたは、とても素晴らしいです。

なぜなら、「仕事ができる人になりたい」という思いをお持ちだからです。

人はそもそも、何かを願わなければ何かを手に入れることはできません。

そして、想像することができないものは、願うことはできません。

つまり、想像力の限界こそがその人の限界なのです。

ともあれ、あなたは「仕事のできる自分」を想像し、願ったわけです。

第一段階はクリアというわけです。

 

では、次に何をすればいいのでしょうか。

どうすれば実際に仕事のできる人になれるのでしょうか。

それは、「仕事のできる自分になることができる」という自己評価を与えることです。

そんな単純なことですか? という声が聞こえてくるようです。

しかし、そんな単純なことなのです。

よく考えてみて下さい。

仕事ができるようになりたいと感じたとしても、自分には無理だと決めつけてしまう人はたくさんいませんか?

仕事以外でもそうです。

恋人がほしいけど無理だ

お金をたくさん稼ぎたいけど難しい

健康になりたいけどできる気がしない

親と仲良くしたいけどうまくいかないだろう

こんな風に決めつけて、せっかく想像した願いを諦めてしまうことは多いでしょう。

そこで何が必要かと言えば、自分にはできるという自己評価です。

この自己評価がなければ、実際に行動に移ることができませんし、必要な知識なども見えてきません。

兎にも角にも、まずはできるという自己評価が大切なのです。

その評価ができないんです、、、と諦め気味のあなたにはとてもいいお知らせがあります。

それは、この評価が「自己評価」であるということです。

つまり、自分で評価をすればいい、自分で評価を決めればいいということです。

他人ではなく、あなたが評価を下していいのです。

自分で下す評価なのに、わざわざ都合の悪い方向に決めますか?

できる、できない、どちらの自分がいいのでしょうか。

できない自分のままでいいです、という方にはこれ以上何も言うことはありません。

それも1つの選択ですし、選択に対しては尊重したいという思いがあります。

しかし、できる自分を選びたいあなたは、どうぞ思い切り自己評価を高めて下さい。

繰り返し何度も何度も自分にはできるという評価を与え続けて下さい。

そして実際に行動して下さい。

たとえ失敗しても「いや、できるようになる」という評価を与え続けて下さい。

結局のところ、こうやって評価を高め、行動を続け他人だけができるようになるだけです。

仕事の能力の差なんて(特に最初のうちなんかは)大してないものです。

自己評価を高め続けながら行動するサイクルを繰り返していれば、どんどんと変化していきます。

ぜひ自己評価を高め、仕事を出来る自分を実現していきましょう。

 

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」 

 

「行動できない人は○○をチェックしてみよう」

 

行動を起こすことに難しさを感じる人は多いようです。

もしあなたが、行動を起こすことに難しさを感じているのなら、この記事を最後まで読んでみて下さい。

さて、行動を起こすといいますが、その行動とはたとえばどういうものでしょうか。

引き篭もっている家から出る、溜まっている仕事を片付ける、好きな人をデートに誘う、貯金をする。

こんな感じでしょうか。

いかにも行動したいのだけどできない、といったときにありそうな内容ですね。

さて、こういった行動したいのだけど行動できないといった場合には、何を考えればいいのでしょうか。

まず考えてみてほしいのは、あなたはどんな目的のために行動するのかということです。

そして、その目的はあなたにとって十分魅力的なものなのかということです。

もしあなたが、溜まっている仕事を片付けたいのになかなかできなかったとしましょう。

その場合は、仕事を片付ける目的を考えてみて下さいということです。

仕事をしなければクビになる、飯が食えなくなる、なんだかやばい気がする、他の人もやっているからやる、とにかく行動しないとだめな気がする。

もしこういったことが目的であれば、行動は生まれにくい可能性があります。

なぜなら、魅力的な目的ではないからです。

こういった場合、目的は恐怖や不安や強制に彩られています。

一方、目的が魅力的であるということは、目的のことを考えると楽しく、喜びにあふれ、前向きなものであるはずです。

仕事の例で言えば、仕事を通じて成長したい、誰かの役に立ちたい、尊敬する上司に評価されたい、その仕事をすることそのものが喜びだといったものでしょうか。

目的そのものが魅力的なものであれば、人は考えるまでもなくその達成のための行動をしてしまうものです。

どうしても行きたい場所があるのであれば、その人は止められてもそこに向かってしまうということです。

行動できないと悩むあなたは、行動した先にある目的地があなたにとって十分に魅力のあるものかどうか、一度考えてみて下さい。

きっと発見があるはずですよ。

 

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」  

「効果的な読書の仕方」

 

今回は、効果的な読書の仕方について書いてみたいと思います。

皆さんは何のために読書をしますか?

単純に、本の内容を楽しむためでしょうか。

それも大切なことです。

たとえば、小説や詩などの文学作品は、筆者の独自の世界を味わって楽しむために行いますね。

私も文学がとても好きで、これまでたくさんの文学作品を読んできました。

文学作品を読むことによって私達の心は豊かになり、また、読むことそのものの楽しみというかけがえのない時間を得ることができます。

しかし、ここでは、文学作品以外の読書を対象に考えてみましょう。

文学以外の読書とは、何らかの情報を読み取り、役立てることを目的としたものです。

たとえば、ビジネス書や、学問書、自己啓発書や、専門書籍などです。

これらは筆者の世界を楽しむというよりも、そこに書かれている情報を得て役に立てることが目的でしょう。

こういった読書を効果的に行う際に、以下の目的を意識してほしいと思います。

1、知識を得る

2、気づきを得る

3,取るべき行動を思いつく

読書そのものを楽しむ文学作品であれば、このような目的を意識する必要は特にないでしょう。

しかし、何らかの情報を得て役に立てるための読書であれば、やはりこのような目的を意識してほしいと思います。

特に、2や3の目的は、1の目的に比べてあまり意識されないようなので、是非気をつけてみてほしいと思います。

読書を通じてせっかく新しい知識を手に入れるわけですから、そこから何か気づきを得て、実際に取るべき行動を思いつくところまでいけば、効果的な読書であると言えるでしょう。

ぜひ参考にしてみて下さい。

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」  

「社会に出る前の君に伝えておきたいこと」

 

この記事は、社会に出る前のあなたがどのように人生を創っていくべきかについて書かれた記事です。


これから社会に出るにあたって知っておくべきことはたくさんありますが、本当に重要なことは少ししかありません。
なぜなら、物事の本質とは常にシンプルなものだからです。もちろん、本質のみでその他のことを学ぶ必要がないわけではありません。むしろ、そのシンプルな本質の深い意味をより理解するために、たくさんの(それも驚くべきほどたくさんの)ことを学ぶ必要があります。しかしながら、同じたくさんのことを学ぶにしても、シンプルな本質、すなわち、社会に出る前のあなたにとって重要なことをわかっておくかどうかは、長いキャリアの中で雲泥の差を生むでしょう。では、その重要なこととは何でしょうか。

社会に出る前のあなたが知っておくべき重要なこととは、これからあなたは「今の自分のままでは達成困難などうしても目指したい目標を持つべきである」ということです。そして、「目標に向かってやりたいことだけをやって生きていくべきであるということ」です。このような目標のことをゴール(Goal)と言います。つまりあなたは、「ゴールを設定し、その達成のために毎日やりたいことばかりやるべきだ」ということです。

ゴールがなかなか見つからない場合は、仮のものを設定しましょう。私に相談を寄せる方の中からも多く聞かれる声が「ゴールが見つかりません」というものです。「ゴールを設定したものの、これが正しいのかわかりません」という声もよく聞かれます。実はそれは無理もないことなのです。なぜなら、私たちの多くは外側から何らかのゴールを与えられ、そのゴールに自分を最適化するための訓練をさせられてきました。その代表例が学校のテストです。テストでは先生が作った問題に多く正解することがゴールとされます。要は他人が作ったゴールに向かって走らされるのです。このように、私達はそもそもゴールを設定することに慣れていません。こういう人は厳密に考えず、仮のゴールでも構わないのでとにかく設定し、動き始めるとよいでしょう。

また、「私のゴールは間違いなくこれだ」と自信満々であったとしても、残念ながらそのほとんどは偽物です。もちろん、人生の早い段階で本物のゴールを手に入れている人もいるでしょうが、やはり大多数は偽物であると言っても過言ではないはずです。なぜなら「達成したいゴール」かどうかを判断している「私」の判断基準は、過去に外側から入ってきた「私以外」の情報によって出来上がっているからです。親、教師、常識、メディア、書籍、友人といった、あなたにとって重要であった人から入ってきた情報によってあなたの現在の価値観は出来上がっています。簡単に言えば、影響力が強い人が良いといったから自分も良いと感じているということです。その価値観をもとに「私のゴールはこれだ」と選んだものが、本物のあなたのゴールなわけがないはずです。


しかし、たとえ仮のゴールであっても、あるいは偽物のゴールであっても、設定してそれを目指し動くことにこそ重要な意味があります。
実は社会に出る前のみなさんのような方がゴールを設定する意味は、本物のゴールを設定してそれを達成するためではありません。本物のゴールを発見するサイクルに入るためです。仮のものでも偽物でも、それに向かって動いていく中で、様々な人と出会い、知識を得て、実に多くの貴重な経験を積んでいきます。新しいものが自分の中に入るたびに、あなたの最初に設定したゴールを進化を遂げ、それまでの価値観に縛られたものから、自分の足で作り上げていった価値観に基づく自分だけのものになっていきます。少しづつそうなるのです。もちろん、それすら外側から入ってきた情報によって作られたものです。しかし、そういう経験を繰り返す中で、そんな自分の価値観自体を吟味する視点も出来上がっていきます。新しい情報を吸収し、自己を吟味し、そしてまた行動する。このようサイクルを繰り返します。そしてあるとき自分の本物のゴールはこれだと「直感」するときがやってくるのです。なぜだか分かりませんが、その瞬間は必ず本人にだけは分かるのです。

刷り込まれた自分の価値観を疑って、本物のゴールを発見しましょう。そのプロセスの中でみなさんの生産性は高まり、自分だけではなく人のためにも生きることの喜びを知ることでしょう。本物の仲間を手に入れ、やりたいことだけやる人生を選択できるでしょう。本物のゴールに向かう中でやることは、すべてがやりたいこととなるはずです。やりたいことだけやって生きるなんて無理だという世の中の嘘に負けてはいけません。君のゴールなど叶うはずがないという心無い言葉を受け入れてはいけません。そんなものは、自分自身がそのように生きられていない人のやっかみか、あなたに嫌なことをやらせてあなたの人生をコントロールしようとする人の謀略です。誰の言葉を聞くのかは、すべて自分で決めるのです。自分の人生を誰か他の人の手に委ねてはいけません。一人でも多くのこれから社会に出ようとする人が、自分の人生を自分の手で創っていけるようになることを祈っています。


【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」  

「感情に任せて子供を怒る親や教師に読んでほしい指南書」

 

この記事には、感情に任せて子供を怒る親や教師を批判し、どうすればその状況を改善できるかについての視点が書かれています。


感情に任せて怒ることで子供を指導をする親や教師が多く存在します。
私は教育の現場に長くいましたので、そういう親をや教師をたくさん見てきました。そんなときは、私が介入できる範囲でそういった事態を解消しようと試みました。上手くいったときもあれば、そうでないときもありました。怒られる子供はみな一様に、実に苦しそうでした。そんな経験をたくさんしたからか、私は感情に任せて怒るという行為が嫌いです。私も人間なので人に対して感情的になってしまうときもありますが、なるべくそうならないように訓練を続けています。感情に任せて子供に怒るという問題に対して、私たちはどう考えていけばいいのでしょうか。

怒ることと叱ることの違いは、怒る(叱る)側の動機の抽象度の違いです。抽象度(levels of abstraction)とは、ここでは視点の高さの違いと捉えておきます。怒る際の動機は、自分が腹が立ったからです。子供のためだとか、生徒のためだとかいろいろと言い訳はしますが、本音では自分が腹が立ったからとしか思えない指導があり、それを怒るというのです。一方で、叱るとは、自分もこのことを相手に伝えたいという思いと同時に、相手の成長のためにはこのことを理解しておいたほうがいいという思いが動機となるものです。ここでは、自分と相手を同時に維持する視点があります。これは、怒るよりも高い抽象度であると言えます、このように、「怒る」は自分だけという抽象度の動機に基づくものであり、「叱る」は自分と相手を含む抽象度の動機に基づくものと定義しましょう。

怒ることの問題点は、セルフエスティーム(self-esteem)が育たないことです。セルフエスティームとは、自尊心のことであり、自分の価値に対する自己評価のことです。先ほど感情にまかせて怒るということは、自分だけのための行為であると言いました。怒られた方からすれば、こちらのことはお構いなしで、感情をぶつけられたわけです。しかも怒る内容に部分的な正当性があったりするから困ったものです。たとえば宿題をしない子供に向かって「さっさと宿題をしないか!」などと怒鳴る場合です。宿題はする必要があるのもわかるということで、子供は全面的に感情ごとそれをかぶってしまいます。だからいつの間にか、自分は至らぬことがあれば、親の感情の都合に任せて怒鳴られるような価値の人間なのだとなります。こういうことが続けば自尊心は養われないでしょう。


親や教師が子供を怒る際には、怒る対象となる子供の至らぬ点以外のことがロックアウト(lock out)されています。
ロックアウトとはロックオン(lock on)と対になる概念で、認知が限定されてしまっていることを意味します。例えば、映画を集中して見ている時は、映画にロックオンして、座席の座り心地はロックアウトされているという状態です。ロックアウトされたもの全ての物事をスコトマ(scotoma)といいます。ロックオン/ロックアウト、スコトマが生まれること自体が悪いわけではありません。人間としてあるべき状態です。ただし、何かがロックアウトされスコトマが生まれてしまっているという可能性を忘れることが問題です。子供の至らぬ点にのみロックオンし、至らぬ点があるから怒ってもいいのだと正当化し、何の吟味もなくただ感情的に怒るということが問題なのです。


感情に任せて怒る(怒りそうになる)自分を発見したら「子供の至らぬ点にロックオンされた結果、何がスコトマになっているのか」というセルフトーク(self-talk)をすることが重要です。
セルフトークとは自分で自分に語りかける言葉のことです。もちろんこれでロックアウトされたところが見えればよいですが、仮にすぐに見えなくても問題ありません。ただ感情に任せて怒るのではなく、「何かスコトマがあるのでは」という吟味を与えることが重要なのです。そのことにより、次第に落ち着いてきます。落ち着いてくれば、IQが回復しますので、何か見えてくるものがあるはずです。


落ち着いた上で、必要であれば叱りましょう。
IQを取り戻し、ロックアウトされたものがいくらか見えてきた上で、総合的に判断して必要であれば、落ち着いて叱ればいいのです。「こういう理由で~~はよくない。そんなことをするなんて君らしくないよ」と淡々と伝えればいいのです。子供の自尊心を傷つけず、良くない点を一度だけ認識させ、次の成長につなげる指導はとても重要です。そして子供の成長は、親や指導者に喜びをもたらしてくれるはずです。このような自分も相手もハッピーになれるような視点から注意を与える指導を叱ると言いました。もちろん、ロックアウトされたスコトマはどこまでいっても外しきれるものではありませんが、脊髄反射的に感情に任せて怒るような代物よりは、遥かに妥当で、子供のためになる指導ができるでしょう。

 

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」  


「指導者から愛され、誰よりも早く深く学習する方法」

 

この記事では、早く深く学習しながら、しかも指導者から愛される人ががどのようにマインドを使っているかについての分析が書かれています。


同じ環境・指導者のもとでも、早く深く学習できる人とそうでない人がいます。
空海が唐に留学に行ったときの話です。師匠となる恵果は空海に合うやいなや「君が来るのを待っていた」と言い、その後、密教の奥義を空海に伝授します。恵果には1000人を超える弟子がいたそうです。その中には何十年も帰依していた人もいたでしょう。しかし空海はそういった人たちをぶち抜いて一気に一番弟子となります。そして恵果の期待通り、約半年という短期間に密教をものにしたそうです。その後日本に密教を持ち帰り、大活躍したのは周知のとおりです。さて、なぜ同じ環境・指導者のもとにいるにもかかわらず、こうも学習速度・深度に違いが起こるのか、コーチングの概念を用いて分析してみましょう。

まず、早く深く学習できない人の最たる悪癖は、自己責任(accountability)の意識がないことです。自己責任とは、自分で選択・決定し、結果に責任を取る態度です。人間は自分の能動的な決定に関する情報にRAS(reticular activating system)が開くように出来ています。RASとは重要な情報とそれ以外を選り分ける脳のフィルターシステムです。 目の前の環境に対して「自分はここから1つでも多くのことを学ぶのだ」とか、「眼の前のことはすべて自分の責任で扱い、結果に対して向かい合う」といった考えを持っていなければどうなるでしょうか。自分を成長させる重要な情報のほとんどすべてがRASにブロックされ、脳の中に入ってきません。せっかく指導者が伝えることも、右から左へと受け流してしまうだけです。こういう人はどんな環境でも早く深く学習できません。


さらに、早く深く学習できる人は、自己責任の意識を前提として指導者の抽象度で学ぶ意識があります
。RASが通過させるのは重要なものだけでした。もし、学ぶ際の抽象度(levels of abstraction、視点の高さのこと)が自分ではなく、指導者のそれだとしたらどうでしょうか。たとえば「自分がこの指導者であったらどう教えるか」「自分がこの指導者だったらどういう態度で学んでくれたら嬉しいか」「自分が別の人を指導するとしたらどう学べばいいか」という視点です。明らかにRASの働きが変わり、単なるいち学習者を遥かに超える情報が入ってきます。もちろん、実際には指導者ではないので想像で補うしかないところは多々あります。その際にはビジュアライゼーション(visualization)が有効です。ビジュアライゼーションとは、五感を含む情報全てを臨場感とともに想起するテクニックのことです。ビジュアライゼーションを用いて、指導者の持つ抽象度に対して責任意識を持つことで、誰よりも早く深く学ぶことができるようになります。


こういう人は指導者に的確な貢献できるので愛されます。そして上の人も目をかけて指導してくれるので、ますます学習が加速します。
指導者に対して貢献できるのはなぜでしょうか。常日頃から指導者の抽象度で学ぶことで、指導者が見ている世界が見えるようになってくるからです。その世界が見えるようになれば、自分にしかできない役割を自ら発見し、より的確な貢献ができます。これでは愛されないほうが難しいというものです。熱心に貢献しようとしても、自分の視点を出られなければ的はずれな振る舞いをしてしまい、かえって疎まれてしまいます。熱意が空回りしている、ありがた迷惑となってしまいます。上手に貢献できれば、愛され、重用され、さらには重要な役割を任されていきます。するとますます学習が加速していくのです。

本記事での主張の好例を最後に紹介しておきましょう。作家・海堂尊の筆による、伝記「外科医 須磨久善」からの引用です。須磨久善さんは日本初の心臓難手術「バチスタ手術」に挑んだことで有名な、天才心臓外科医です。まさに学ぶ才能があったからこそ、その地位まで上り詰めたと言えるでしょう。

(母校の大阪医大に務めることになった須磨さんは、並み居る人材の中でも次第に頭角を現してゆきます。そのコツを聞かれた須磨さんはこう答えます。)

(引用開始)
「役に立つ人間になることでしょうか(中略)」

「(そのための鍛錬として)まずはイメージを掴むこと、です。イメージを持てればいろいろなことが上手く回り始めます。たとえば手術見学ひとつとっても、外回りという雑用をしながら、手術メンバーと同じくらい勉強だってできる。その立場よりひとつ上、ふたつ上の場所からシュミレーションすればいい。助手の下っ端や第三助手として手術に入るなら、術者と同じ勉強をしておく。そうやって今のステージの一歩先、二歩先を歩けば、必ず有用な人間になれます。みなさんだって手伝いを頼む時には使い勝手のいい人を選ぶでしょう。有用な人間は先取的な努力をすることで作られていくんです」(引用終了)

海堂尊「外科医 須磨久善」より引用
(括弧書き、太線は本記事執筆者の手による)

 

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」  

 

「都会で色と日常とユーモアを切り取った写真家の話」

 

先日、渋谷Bunkamuraミュージアムに、ソール・ライター展を見に行ってきました。

 

ソール・ライター(1923-2013)は、1940年代からニューヨークで活動した写真家でした。

初期における彼の愛機は、35mmライカだったそうです。

50年代から約20年間は、彼は、ELLE、Vogue といった錚々たるファッション誌に作品を提供し続けました。

華々しくきらびやかなファッション誌には似つかわしくない、落ち着いたトーンの作風は、紙面上で不思議なコントラストを生み出していたようです。

その後80年代に入ると、彼は一線を退きました。

ところが、2000年代に入ってソール・ライターの写真が再び注目されることとなりました。

きっかけは2006年にドイツで製作された彼の写真集だと言われています。

また、現代の現像技術が、当時のソール・ライターの写真が捕らえた色彩を生き生きとした形でよみがえらせることができるようになったからだという話もあります。

 

実際に展示された写真を見てみると、まずはなんと言っても色が印象的でした。

といっても、「色とりどりの」の色ではありません。

ファッションで言うところの「差し色」としての色です。

彼の作品には基本的には静かで落ち着いた色の面積が多いのですが、その中にひときわ目を引くような明るい色が差し込まれます。

それもいかにも狙ったようなものではなく、そこに明るい色があるのが当たり前であるかのような絶妙な配置なのです。

色使いとは別に、都会の人、都会の瞬間を対象としていることも私の好みでした。

都会を、それもニューヨークを対象としていたという意味では、これも私の好きな画家のエドワード・ホッパー(1882-1967)とも通ずるところがあります。

ただ、エドワード・ホッパーは、どちらかと言えば、都会の中で立ち上がる寂寥感や静かな焦りのようなものを描き出そうとしていたような気がします。

事実、彼の作品を眺めていると、なんとなく落ち着かない、心が地すべりをしていくような感覚を覚えます(代表作であるナイト・ホークスはその最たるものでしょう)。

ところが、ソール・ライターの作品から受ける印象は少々異なります。

同じ都会を対象としているのですが、そこにあるのは日常感覚であり、ユーモアです。

都会に漂う人たちのふとした素顔やが描き出され、ああ、たしかにこういう人間が存在したのだなという体感を与えてくれます。

もちろんそうは言っても、過剰にノスタルジックな感情に訴えるかけるようなものではなく、あくまでさり気なく伝わってくる程度のものですが。

 

写真とは、言うまでもなく非言語表現です。

私の職業であるコーチは、言語・非言語の両方にまたがってコミュニケーションを追求していくという側面があります。

コーチとして私が大切にしていることのひとつは、非言語情報に対する感度を豊かなものにする毎日を送るということです。

音楽を聞き、写真を眺め、ファッションにこだわり、たまに美味しいものを食べます。

非言語情報をに対する感度を豊かなものにするとは、つまるところ総合的に人生を楽しむことだと言うことができそうです。

もしあなたがコーチだとして、総合的に人生を楽しむことができていたったとしたら、この観点を持ってみて下さい。

何かスコトマが外れるかもしれません。

 

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」

 

「【自信が持てない自分】を分解し、【エフィカシー溢れる自分】へと再構築する計画書」

 

この記事には、自信が持てないマインドの仕組みを分析し、高いエフィカシーを持つ自分へと
再構築していく方法が書かれています。

 

自信が持てないという問題を抱えた人を多く見ます。自信が持てないことの一番の問題は、ゴールが達成できないという点です。ここでは自信を「自分にはゴール達成の能力があると信じること」と考えてみましょう。コーチングでは、このような種類の自己評価のことをエフィカシー(efficacy)と言います。エフィカシーが高いからこそ人は大きなゴールを設定することができ、実際に達成できるような行動を重ねていくことができます。世に言う成功者を想像してみてください。一様に自己評価が高いと感じないでしょうか。もちろん、世の中には「実るほどに頭を垂れる稲穂かな」という言葉があるように、立場のある人ほど謙虚なところがあります。しかし、謙虚であることと自己評価は別の話です。自分を自分で高く評価する、すなわち自信があるからこそ人に高圧的に接する必要もなく、謙虚なのです。そしてそのような人だからこそ、実際に大きなゴールを達成していきます。こういう人とは対極にあるのが、自信を持てない人と言えます。

そもそもの話、人は本来無限の可能性を持っています。しかし、素朴にそれを信じることができないために自身が持てない、すなわちエフィカシーが上がらないのです。コーチングの概念にRAS(reticular activating system)というものがあります。日本語では、網様体賦活系と言います。これはその人が持っている重要性に基づき、大事な情報とそうでないものを識別する脳のシステムです。たとえば、写真家が街を歩けば見えるもの全ては被写体ですが、そうでない人からすればただの何気ない街の一コマでしょう。人は重要性によって見えるものが変わるということです。また、RASの働きの結果として認識されなかったものをスコトマ(scotoma)と言います。RASのシステムを持つ人間である以上、スコトマがあることから逃れられません。そして、スコトマがあるということは、そこに自分のまだ見えていない可能性があるということです。その可能性の中には、自分も気がついていない大きなゴールや、それを達成するための方法、誰も持っていないあなただけの魅力、エフィカシーが高い未来の自分の姿など、宝のようなものがたくさん隠されています。それらの情報は存在しないのではありません。可能性として常にあなたのそばにあります。しかし、あなたの脳の働きにより気がつかず、それゆえ物理的に現実化していないだけなのです。これが人間は本来無限の可能性を持っているということの根拠です。

RASの働とは別の概念として、あなたの無限の可能性を制限する4つの概念をルー・タイスは提示してくれました。すなわち、ハビット(habit)、アティチュード(attiutde)、ブリーフ(belief)、エクスペクテーション(expectation)です。それぞれ見ていきましょう。

ハビットとは無意識の習慣、行動パターンのことです。例えば、朝起きたら必ず一杯のコーヒーを飲む、といったものです。もしかしたら、あなたにとっての朝の飲み物にはもっと素晴らしいものがあるかもしれません。しかし、必ずコーヒーを飲むという行動パターンに縛られたままでいると、その未知の可能性に触れることはできません。

アティチュードとは、無意識の判断のことです。例えば、あなたが映画を見に行くとします。その際に、誰かを誘うかそれとも一人で行くかという選択肢があります。それをよくよく吟味もせずに、いつもどおり一人で行くことにしました。でも、もし誰かを誘っていたとしたら、一人では味わえなかった楽しさを経験できたかもしれません。映画を見た感想を交わすといった楽しみです。無意識の判断に縛られていると、やはりそういった可能性に触れることができません。

ブリーフとは、その人が当然のこととして無意識に持っている価値観、強い意見のことです。たとえば、男性は女性よりも優れているという信念を持っている人がいたとします。その人にとっては、男性が女性より優れていることが重要性を持ちます。すると、先述したRASの働きにより、女性の優れている部分がスコトマに隠れてしまいます。結果として、女性の優れている点を発見することのないまま人生が過ぎ去ってしまいます。


エクスペクテーションとは、無意識に抱いている将来に対する期待、見通しのことです。
将来にきっと悪いことが起こるという見通しをあなたが持っていたとします。するとやはりRASの働きにより、将来に対する希望の兆しがことごとくスコトマになってしまいます。結果として将来性のある選択肢が認知できなくなります。認知できないものは選択しようがないので、現実に将来は悪いものになってしまいます。

以上4つの要素が、あなたが本来持っている無限の可能性を隠してしまいます。そしてこれら4つの要素が何処にあるのかと言えば、それもあなたのマインド(脳と心)の中なのです。お気づきかもしれませんが、4つの要素はすべて人間の脳内にある無意識の働きです。脳の神経細胞に蓄積された情報のパターンが、無意識に機能し、重要なものとそうでないものを決めているだけなのです。あなたの無限の可能性は、まさに可能性として常にあなたのそばにあるということでした。そしてその無限の可能性の発見を阻むのは、脳内にできたあなた自身の認知の偏り、いわば脳のクセなのです。

するとやはり、自信を持つには「自分には本来無限の可能性があるがそれらは脳のクセによって隠されているという事実」を受け入れるだけだということになります。それができれば苦労しないよと感じますか? それでは、実際にまだ見ぬ可能性へとアクセスして体で納得していけばいいでしょう。どうすればいいでしょうか。RASとスコトマの仕組みを理解し、4つの要素の制限を外していけばいいのです。制限を外すどころか、4つの要素を逆手に取って、あなたの無限の可能性を引き出すツールとして利用すればいいのです。ハビットは、意識にあげてあえて違うことをやってみましょう。アティチュードも、意識にあげてあえて違う判断を下しましょう。ブリーフはまず疑ってみて、違う価値観がないものか考えてみましょう。そして、エクスペクテーションは、自分の未来への高い希望として思い切り素晴らしいものに書き換えてしまいましょう。もちろんそれらはすべて、設定されたあなただけのゴール(goal)に基づき、その達成のために相応しい方向へと選択するべきです。あなたの中にある無限の可能性を素朴に確信し、自信にあふれた毎日を送ることができるようになるはずです。

 

【無料メルマガの登録はこちらからどうぞ→「REenのメールマガジン」