モチベーション(動機)の種類を理解しよう


モチベーション(motivation)
の話をしましょう。

モチベーションとは、行動の源泉となるものに名付けられた名前です。

ルー・タイス(lou tice)は、モチベーションには2種類あると言いました。

すなわち、建設的モチベーション (constructive motivation)制限的モチベーション(restrictive motivation)です。

前者は、「〜したい」「〜が好きだ」「〜を選ぶ」というポジティブな気持ちに基づいてなされる行為のモチベーションに対して名付けられたものです。。

それに対して後者は、「〜しなくてはならない。さもなくば‥‥」「〜してはならない。もししたなら‥‥」というネガティヴな気持ちに基づいてなされる行為のモチベーションに対して名付けられたものです。

ルー・タイスは、すべての行動の源は建設的なモチベーションに基づくものでなければならないと考えました。

制限的モチベーションは、その人の自尊心(self-esteem)を削り取り、自らの力で立ち上がり、選択し、行動するという人間に自然に備わっている力を損なわせる、極めて破壊的なものだからです。

 

制限的なモチベーションに基づいてしか行動をとれない人の多くは、親からそのようにしつけられたようです。

「〜をしなさい。さもないとひどい目に会うぞ」

「〜をしてはならない。もししたなら、こんなひどい目にあわせてやる」

このようなタイプのコミュニケーションを繰り返し刷り込まれることで、その人は大人になっても、同様のフレームでしか物事を考えることができなくなってしまいます。

端的に言えば、これらは恐怖に基づく脅しです。

建設的なモチベーションを引き出すスキルがないものだから、安直な方法として、恐怖を利用した制限的モチベーションで子供を管理しようとするのです。

 

このような事態は、親子関係に限りません。

メディア、上司、教師、社会、あるいは常識といった、ありとあらゆる情報が、我々を制限的モチベーションの枠組みにはめるような働きかけをしてきます。

大人であっても、継続的に外界からこのような刷り込みがなされるのです。

このような事態に対して、自分の身は自分で守るという意識を持つべきでしょう。

 

私たちにとっての希望は、正しいモチベーションとは何かについて考えぬいた先人の功績があるという事実です。

そして、正しいモチベーションを獲得するための方法論も残されています。

まずは、その第一歩として、自分の行動の源泉が、建設的モチベーションに基づくものか、それとも、制限的モチベーションに基づくものか、観察してみるといいでしょう。

ドミナントピクチャーとリプレイスメントピクチャー

あなたには「こうなってほしくない」ことはあるでしょうか。

・病気になりたいくない

・貧乏になりたくない

・仕事で失敗したくない

・恋人に振られたくない

・受験で失敗したくない

・友達に嫌われたくない

「こうなってほしくない」ことはたくさんあるでしょう。

「こうなってほしくない」とは厄介なもので、望ましくないものなのにもかかわらず、いやにリアリティーを伴って迫ってきます。

そして、その人の不安や恐怖を煽ります。

不安や恐怖に追い立てられるように、「こうならないように」行動を繰り返します。

行動を繰り返したとしても、「こうなるかもしれない」は可能性の話なので、可能性をゼロにすることはできません。

だから、不安や恐怖は消えず「こうならないための」行動を続けます。

 

実は人間には、見たものへと進んでいくという性質があります。

ここで言う見たものとは、いまマインド(mind)の中で主流を占めている映像のことで、それをドミナントピクチャー(dominant picture )といいます。

マインドの中にあるドミナントピクチャーへと向かっていくという人間の性質を目的的志向(teleorogical)と言います。

目的的志向においては、見たものが良いか悪いは関係がありません。

ただ見たものへと進んでいくのみです。

「こうなりたくない」ことを恐れ、それを解消するような行動を繰り返したとしても、「こうなりたくない」がドミナントピクチャーである限りは、かえって「こうなりたいくない」の方向に進んでしまうということです。

 

 

ではどうすればいいのでしょうか。

まずはじめに思いつくのは、「こうなりたくない」というドミナントピクチャーを消せばいいということです。

確かにその通りです。

しかし、ただ「こうなりたくない」というドミナントピクチャーを消そうとするだけでは、結局は元に戻ってしまいます。

人間には、現状を維持しようという性質が備わっているからです。

そこで必要になるのは、「こうなりたくない」のかわりに「こうなりたい」を見るという発想です。

それまで主流となっているドミナントピクチャーのかわりとなる新しい映像を、リプレイスメントピクチャー(replacement picture)といいます。

あなたにとって「こうなりたい」というリプレイスメントピクチャーを作り、それまでの「こうなりたくない」というドミナントピクチャーのかわりに見るべき映像を用意します。

そしてあとは、ただひたすら「こうなりたい」映像だけを見るようにします。

そうすれば、やがて「こうなりたい」がドミナントピクチャーとなり、あとは目的的志向がそちらの方向へとあなたを運んでくれることでしょう。

エクスペクテーションと単なる期待の違い


「期待感」にはやっかいな側面があります。

 

コーチングの重要な概念として、expectation(期待、期待感)というものがあります。

人間の持つ無限の可能性を阻害しているもは4つあり、その中ひとつがこの expectation の度合いです。

現在の自分に対する expectation が、自分のパフォーマンスの限界を作っているという考え方です。

逆に言えば、この expectation を高めていくことで、私たちはどこまでも自分のパフォーマンスを高めていくことができるとも言えるのです。

なので、私たちコーチは、クライアントが自らにどのくらい expectation を持っているかを観察します。

そして、クライアントが自身の可能性をもっともっと解放できるように expectation をするのです。

 

一方で、他人に「期待」をする人がいます。

そしてそういう人は、他人が期待通りにふるまってくれなかったら、ショックを受けて落ち込んだり、当の相手を攻撃したりします。

コーチとしての expectation も、クライアントに対する期待をするわけですが、仮に期待通りでなかったとしても、落ち込んだり攻撃したりはしません。

シンプルに、「あなたらしくない」と接するだけです。

何が違うのでしょうか。

 

他人に期待をする人は、コーチが expectation するように、他人が他人自身のゴールのために高いパフォーマンスを発揮することを期待するわけではありません。

他人が、自分の何かを埋めてくれることを期待します。

それは、

「優しい言葉をかけてほしい」

「仕事をふってほしい」

「思い通りの答えを教えてほしい」

「なんでもいいから全肯定してほしい」

「自分のことを好きになってほしい」

「いつなんどきも相手をしてほしい」

「お金をわたしてほしい」

「自分のことを評価してほしい」

といったものです。

つまり、全部自分のためなのです。

自分の何かを埋めるために、他人に期待をするのです。

 

これは、自己評価の低さからくるものであるとコーチングでは考えます。

コーチングにおける自己評価の概念は、2つあります。

エフィカシー(self-efficacy)セルフ・エスティーム(self-steem)です。

いずれも自分で自分のことを評価する指標です。

自分で自分を評価することができていれば、他人にそれを埋めてもらう必要はありません。

だから、他人になんとかしてもらおうという期待を持つ必要がありません。

そういう人は、何事も自分で達成できると信じているし、たとえ達成できなくても自分には価値があると思っています。

他人に期待する人も、本当は、自分で自己評価を上げていく方向へと進むべきなのに、他人に何かを埋めてもらうことを期待します。

それは自分に対する expectation とは真反対の方向でしょう。

期待通りにならなかった場合、その人にとっては実存の危機なわけだから、落ち込んだり攻撃的になったりするのです。

いかに自己評価が重要かということがよくわかるでしょう。

 

コーチは、クライアントにクライアント自身のための可能性が発揮されるよう expectation を向けます。

仮にクライアントの可能性が思ったように発揮されなかったとしても、落ち込んだり、ましてやクライアントを攻撃したりはしません。

なぜならコーチは、コーチ自身が徹底的に自己評価を高めるトレーニングを積み続けているからです。

たとえクライアントが expectation したほどにならなかったとしても、自分にはこの人を導くことができると確信しているのです。

「トレーニング」という言葉に注意してください。

自己評価は、まさにトレーニングのように、毎日の蓄積と、正しい取り組みによって、どこまで高めていけるのです

決して固定的なものではありません。

つまり、あなたもいくらでも変えていけるということです。

私はそれをあなたに「expectation」 しています。

年始にセルフエスティームを決めましょう

年始には、自分の価値を決める作業をやりましょう。

 

あなたの無意識は、自分で自分のことをどのくらい重要であると見なしているでしょうか。

あまり重要ではないと見なしているでしょうか。

まあまあ重要であると見なしているでしょうか。

それとも、ものすごく重要であると見なしているでしょうか。

まずは、いまあなたの無意識が自分の価値をどのように設定しているか、日常における自分の判断や行動を観察し、推察してみましょう。

その上で、できるだけ高く自分の価値を設定しましょう。

もちろんそれは、他人の価値をないがしろにするという意味ではありません。

それはまったくの別問題です。

他人とは一切関係のないところで、まずは自分で自分のことをとても大切な存在であるということを決めましょう。

そうすることで、今年一年の過ごし方ががまったく違うものになるでしょう。

 

さて、上記の声がけには、いくつか理論的な背景があります。

それについて解説します。

セルフエスティーム(self-esteem)という概念があります。

これは、無意識レベルで自分で自分の価値をどのように設定しているかの指標です。

セルフエスティームが高ければ、自分の無意識は自分のことを重要な人間だと見なしていると言えます。

しかし、セルフエスティームが低ければ、重要ではない人間であると見なしていると言えます。

 

なぜこのことが重要なのでしょうか。

ルー・タイスの有名なプリンシプルに、

All meaningful , lasting change and growth starts first on the inside and then works its way out.

(すべての意味のある、永続的な変化と成長は、はじめに内側からはじまり、そして外側へと広がる)

というものがあります。

マインド(mind)がまず変わり、外側の世界が変わるということです。

 

セルフエスティーム(自分の価値に対する自己評価)もマインドのあり方のひとつと考えられます。

だから、このプリンシプルを前提に考えれば、セルフエスティームが変わると、それにふさわしい形に外側の世界が変わるということが言えます。

より正確に言えば、自分で自分の高い価値があると確信が無意識レベルで成されれば、あなたはそれにふさわしい判断や行動を繰り返し、やがて外界はあなたを価値のある人間として扱ってくれるということだ。

だからこの一年を素晴らしいものにしたいのならば、この年始に自分で自分の高い価値を決めるところからはじめる必要があるのです。

そして、それができれば、確実に外界のあなたへの扱い方は変わってゆくでしょう。

まず何よりも先駆けて変えるべきは、あなたのマインドなのです。