「都会で色と日常とユーモアを切り取った写真家の話」


 

先日、渋谷Bunkamuraミュージアムに、ソール・ライター展を見に行ってきました。

 

ソール・ライター(1923-2013)は、1940年代からニューヨークで活動した写真家でした。

初期における彼の愛機は、35mmライカだったそうです。

50年代から約20年間は、彼は、ELLE、Vogue といった錚々たるファッション誌に作品を提供し続けました。

華々しくきらびやかなファッション誌には似つかわしくない、落ち着いたトーンの作風は、紙面上で不思議なコントラストを生み出していたようです。

その後80年代に入ると、彼は一線を退きました。

ところが、2000年代に入ってソール・ライターの写真が再び注目されることとなりました。

きっかけは2006年にドイツで製作された彼の写真集だと言われています。

また、現代の現像技術が、当時のソール・ライターの写真が捕らえた色彩を生き生きとした形でよみがえらせることができるようになったからだという話もあります。

 

実際に展示された写真を見てみると、まずはなんと言っても色が印象的でした。

といっても、「色とりどりの」の色ではありません。

ファッションで言うところの「差し色」としての色です。

彼の作品には基本的には静かで落ち着いた色の面積が多いのですが、その中にひときわ目を引くような明るい色が差し込まれます。

それもいかにも狙ったようなものではなく、そこに明るい色があるのが当たり前であるかのような絶妙な配置なのです。

色使いとは別に、都会の人、都会の瞬間を対象としていることも私の好みでした。

都会を、それもニューヨークを対象としていたという意味では、これも私の好きな画家のエドワード・ホッパー(1882-1967)とも通ずるところがあります。

ただ、エドワード・ホッパーは、どちらかと言えば、都会の中で立ち上がる寂寥感や静かな焦りのようなものを描き出そうとしていたような気がします。

事実、彼の作品を眺めていると、なんとなく落ち着かない、心が地すべりをしていくような感覚を覚えます(代表作であるナイト・ホークスはその最たるものでしょう)。

ところが、ソール・ライターの作品から受ける印象は少々異なります。

同じ都会を対象としているのですが、そこにあるのは日常感覚であり、ユーモアです。

都会に漂う人たちのふとした素顔やが描き出され、ああ、たしかにこういう人間が存在したのだなという体感を与えてくれます。

もちろんそうは言っても、過剰にノスタルジックな感情に訴えるかけるようなものではなく、あくまでさり気なく伝わってくる程度のものですが。

 

写真とは、言うまでもなく非言語表現です。

私の職業であるコーチは、言語・非言語の両方にまたがってコミュニケーションを追求していくという側面があります。

コーチとして私が大切にしていることのひとつは、非言語情報に対する感度を豊かなものにする毎日を送るということです。

音楽を聞き、写真を眺め、ファッションにこだわり、たまに美味しいものを食べます。

非言語情報をに対する感度を豊かなものにするとは、つまるところ総合的に人生を楽しむことだと言うことができそうです。

もしあなたがコーチだとして、総合的に人生を楽しむことができていたったとしたら、この観点を持ってみて下さい。

何かスコトマが外れるかもしれません。

 

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