文章力講座〜多くの人に届く文章の設計方法

 

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苫米地式認定コーチ、TICEコーチの高嶋芳幸です。

ブログで記事を書いている人は、できるだけ多くの人に記事を読んでもらい、できるだけ多くの人に共感をしてもらいたいと思っているのではないでしょうか。

もちろんそれは、ブログの記事に限らず、読者に読まれることを想定したあらゆる文章においても同様でしょう。

実は、多くの人に共感してもらうための文章を書くためにはコツがあります。

そこで今回は、文章力講座と称して、多くの人に届く文章の設計方法を公開したいと思います。

ちなみに、ここでいう共感とは、論理的に深く納得してもらうことを指します。

単に大多数の意見に迎合することではありません。

むしろ結論は大多数の意見とは違った視点になることが必然であり、それでもなお説得力を持たせるための技術を公開します。

この記事を読んでもらえれば、自分の視点をしっかりと提示しつつ、多くの人が思わず納得せざるを得ない文章を書くヒントになるはずです。

 

参考記事

わたしの記事に、「職場の人間関係に疲れた人が意識するべきたったひとつのこと」というものがあります。

この記事は、職場で起こりがちな人間関係の摩擦を例にあげ、その根本的な原因と解決方法について解説したものです。

わたしが普段意識している文章設計術に基づいて書かれた、典型的な記事です。

なので、この記事を例として分析する形で、今回の記事を書き進めたいと思います。

未読の方はぜひご一読の上、この先を読み進めてください。  

 

問題発見

文章を書くことは、世の中の問題を発見するところからはじまります

問題というとなんだか大袈裟な気がしますが、誰かが困っている具体的なこと、くらいの理解で問題ありません。

なんらかの主張を提示する文章は、基本的に問題を発見し、自分なりの解決方法を提示することによって成り立っています。

だからこそ最初の第一歩は問題発見なのです。

「職場の人間関係に疲れた人が意識するべきたったひとつのこと」では、以下のように問題を提起しています。  

 

 

職場の人間関係のストレスの結果、病気になってしまったり、仕事をやめてしまったりという話をよく聞きます。

本来なら、仕事は人生における要素のひとつに過ぎません。

ですが多くの人にとって、仕事が人生において重要な位置を占めているのも事実です。

ということで今回の記事は、職場の人間関係を改善させる方法について書いてみたいと思います。

 

タイトルからもわかるように、職場でストレスを感じてしまうような人間関係をどうにかできないものか、という問題意識がこの記事のスタートです。

問題を探す際のコツですが、なるべく多くの人が困っているであろうことを選ぶとよいでしょう。

たとえば、「スニーカーの紐を結ぶのが嫌で嫌でしょうがない、どうしましょう」という問題を設定したとしても、あまり多くの人には役に立たないでしょう。

あえてニッチな問題を取り上げ、それを一般化するという手法もありますが、今回の記事の趣旨とは違ってくるのでここでは取り上げません。

とにかく、「職場の人間関係に困っている」のように、ある程度多くの人が直面していると予想される問題を発見するべきでしょう。  

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一般的な解決方法を探る

次に行うのは、取り上げた問題に対して、世の中はどのような解決策を提示しているかをリサーチすることです。

もちろん自分の中の予想でも構いませんが、今はインターネットでいくらでも調べられるので、多くの人がどのように考えているのかを一度調べてみるのがよいでしょう。  

ネット上では、「職場の人間関係」の解決策には以下のようなものがありました。  

 

・あいさつをする

・相手を無視しない

・悪口を言わない

・返事をする

・話し合う

 

こういった問題解決方法を列挙して、よく観察します。

視点をひとつあげてみると、これらがある共通項でくくれることに気がつきます

実際に「職場の人間関係に疲れた人が意識すべきたったひとつのこと」では、次のような視点を提示しています。

 

いまあげた方法をみてもらうと分かると思いますが、コミュニケーションを円滑に進める、というのが基本的な改善方法です。

 

このように、世の中の多くの人間関係改善法は、コミュニケーションを円滑に進めるという観点から出されているということがわかりました。

この段階では、一般的な解決方法をしっかりと踏まえることが大切です。

 

炎上

少し話が逸れますが、ネットよく見られる「炎上」の仕組みについて書いてみたいと思います。

炎上とは、自分の主張がネガティブな評価とともに急速な勢いでネット上に広がることです。

実は、炎上を起こすのはさして難しいことではありません。

世の中のよくある意見をとりあげ、真逆の意見を提示しつつ、もとの意見を徹底的にこき下ろせばよいのです。

さきほどの人間関係改善法の「あいさつをする」という意見から考えてみましょう。

真逆の意見は「職場の人間関係に困っても、あいさつなんてすべきでない」というものです。

「なぜ自分を追い込む人間に媚びるようなことをしなければならないのだ」とか、「あいさつをすべきだという根拠はそもそもない」とか、「あいさつなどできなくても、職場では本来仕事の生産性のみで評価されるべきだ」とか、その根拠はいくらでも作り出すことはできます。

だから、「職場の人間関係」に困ったときに、「あいさつをしよう」なんてのんきなことを言っているやつはバカだ、現実をわかっていない愚か者である、などと結べば良いのです。

そうすれば、一定数の人は必ず反応し、それの数が多ければやがて炎上と呼ばれる事態となります。

これは、世の中の多くの意見は相対化できる、つまり、反対意見を提出することができるという性質を利用したものです。

そして、想定した意見(あいさつをすべきだ)が、誰にも簡単に理解でき、常識的で、かつ良いことだろうと思われがちなことがポイントです。

このような炎上的な文章の構築方法は、単純な反対意見を提出することにより、議論を活性化させるというメリットはあるものの、多くの場合不毛な罵倒合戦になってしまいます

罵倒しあったのち、結論が出ないままになってしまうことがほとんどです。

イメージとしては「朝まで〜〜」でくり広げられている光景のような感じでしょうか。

 

視点を上げて批判する

さて、話をもとにもどしましょう。

職場の人間関係に困ったとき、多くの解決方法はコミュニケーションを円滑にするという意図をもつものでした。

次のステップは、この考えを批判的に検討していきます

わたしが想定した視点は以下のようなものです。 たしかにコミュニケーションを円滑にすれば人間関係が解決するかもしれない。

しかし、絶対にそうだとは限らない。

実際にあいさつをしても、人間関係が解決しなかった例は容易に想像がつく。

だとしたらこの問題は、そもそもなぜ人間関係は悪くなってしまうのかまでさかのぼって考えるべきなのではないか、というものです。

これは、すでに提出された多くの解決方法よりもひとつ上にある視点であると言えます。

こう考えることで、世の中の多くの解決方法は、人間関係を悪くする原因や、その解決方法に触れることができていないという批判的な意見を提示することができます。

この視点は、「炎上」を作り出す際の単純な反対意見とは根本的に異なるものです。

炎上における反対意見はあくまで同じ土俵の上の反対意見であるのに対し、ここで提出している視点は、ひとつ次元を上にあげた新しい視点であるからです。  

 

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批判に対する答えを出す

次に考えることは、世の中の多くの意見が解決できていない、「そもそもなぜ人間関係が悪くなるのか」という問いに答えることです。

「職場の人間関係に疲れた人が意識するべきたったひとつのこと」では、コーチングにおけるゴールという概念を導入し、ゴールの食い違いによって人間関係が悪くなるのだと主張しています。

ゴールとは、その人が心から達成したいとのぞむもののことですが、この場合は、「単純に目指している目標」くらいのことも含んで考えてください。

記事では、営業マンと部長の間の人間関係の軋轢を以下のように説明しています。  

 

 

あなたは出世するというゴールを抱き、そのために営業成績を上げる必要があると考え、実際に結果を出しました。 一見何の非もないように見えます。

ですがこのとき、部長が想定していたゴールはいったいなんだったのだろうか、と考えてみて欲しいのです。

仮に部長は、個人個人の成績をあげるということよりも、部内の結束を高めることに重きをおいていたとします。

だとしたら、営業成績を抜群に上げてしまったあなたは、ほめられるどころか、一人だけ勝手に行動しておいしいところどりをしたずるいやつだ、と判断されてしまう可能性すらあるのです。

 

この例のように、世の中の人間関係の問題は、互いのゴールの違いによって生じるのではないかという主張です。  

 

答えをもとにして改善方法を提出する

ここまでの流れをまとめてみましょう。  

問題提起(人間関係の問題がある)

一般的な解決方法(コミュニケーションを円滑にすることで解決するべき)を探る

一般的な解決方法を批判的に検討する(それだけでは解決しない、そもそもなぜ人間関係が悪くなっているかはわからない)

一般的な解決方法にはない視点の提供(人間関係が悪くなるのはゴールが食い違っているからだ)   となります。  

最後の段階でやるべきことは、一般的な解決方法にはない視点を用いて、実際に問題を解決できるように導くことです。

記事では以下のようなステップでそれを提案しています。  

 

1:相手と自分のゴールを観察する

2:お互いのゴールを含む、より大きなゴールを設定する

3:より大きなゴールという観点から相手と関わっていく

 

具体的に説明すれば、部長のゴールをしっかりと観察し、自分のゴールも部長のゴールも満たすようなより大きなゴールを設定し、それを実現できるような関わり方をする、という提案です。

こうして、はじめてに提起した問題に対し、既存の解決方法とは違う次元での解決方法を提出することができました。  

 

視点の移動は抽象度の操作

一連の流れを見てもらえるとわかりますが、はじめに提出した問題から常に行ってきたのは、視点の移動です。

この場合の視点の移動とは、目の前にある問題や意見をより外側から観察するというものです。

この問題はこう解決すればいいのではないか、この意見はまとめるとこういうことを言っているのではないか、この意見ではこういうことに対する答えが抜けているなど、外側から問題や意見を捉え、それぞれ解決できるような視点を探り続けます。

このような視点の移動は、抽象度の移動と呼びます。 問題や意見を批判的に検討していく作業は、抽象度をより高いところから観察していくという作業です。

抽象度が高い視点から出した意見は、それだけ本質的な解決策を提示することになります。

だからこそ、世の中にある問題をできるだけ抽象的な視点から眺めて解決することが必要なのです。

抽象度の低いところから出した意見は、あなたが地上に立ってボールを投げるようなものです。

ある程度までは届くでしょうが、あまり遠くまで投げることはできないでしょう。

抽象度の高い視点から意見を出すということは、高い空の上からボールを投げるようなものです。

それだけ遠くへと届く可能性を持っています。

この例からもわかるように、できるだけ多くの人に深く納得してもらう文章を書くためには、抽象度を高く移動させ、その上で意見を発信することが大切なのです。

 

まとめ

この記事では、多くの人に届く文章の設計方法について書きました。 抽象度を上げながら視点を移動し、その上で問題に対する答えを出す、というのがその方法でした。

参考にしていただけると幸いです。

 

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苫米地式コーチングとは何か、理論があるとはどういうことか

 

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苫米地式認定コーチ、TICEコーチの高嶋芳幸です。

人を導く職業は世の中にたくさんあります。

たとえば、教師や宗教的指導者はその典型でしょう。

また、親も人を導く職業と呼ぶことができます。

親を職業と捉える見方には、違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、職業の本来の意味は「社会に果たす何らかの機能」です。

「社会に対してできる良いこと」と言ってもかまいません。

そう考えれば、我が子を育てることも立派な職業であるとわかるでしょう。

ところで、世間的にまだまだ正しく理解されていないのがコーチ(coach)という職業です。

教師であれば、それぞれの専門的知識を与え、宗教的指導者であれば、教義に従った原理に基づく救済を促し、親であれば社会へ適合できる人格と絶対愛を与えます。

ところが、コーチという職業は、相手に何を与えるかが少しわかりにくいため、いまいちよく理解されていない節があります。

コーチも人を導く職業なのですが、その導き方が極めて特殊なのです。

この記事では、苫米地式コーチングとは何かの説明を通して、コーチとはどのような存在であり、何を与えるのかについてお伝えしたいと思います。

 

コーチングとは何か

コーチング(coaching)は、コーチとクライアントが契約を結ぶところからはじまります。

クライアントはコーチに、自身のゴールの発見と達成を可能にするバックアップを依頼します。

それを受けたコーチは、コーチングの理論に基づいたさまざまな技術を使いながら、クライアントとのセッションを重ね、クライアントが確実にゴールを達成できるように働きかけていきます。

こういった関係を結んだ上で行われるコーチングを特に、パーソナルコーチング(personal- coaching)といいます。

ちなみに、クライアント自身がコーチングの理論を学び、自分自身に対してコーチングをすることはセルフコーチング(self-coaching)といいます。  

 

《*パーソナルコーチングとセルフコーチングの詳しい説明に関してはこちらを参考にしてください→「【決定版】パーソナルコーチングとセルフコーチングの違いとは」》  

 

科学的な理論のないコーチングはよくない

コーチングを提供している個人や団体はたくさん存在します。

この記事を読まれているみなさんも、「中身はよくわからないけど、コーチングという言葉自体は聞いたことがある」という方が多いのではないでしょうか。

コーチングがそれだけ衆目を集めるようになってきているということでしあり、喜ばしいことです。

しかしながら、冒頭の文章にも書いたように、まだまだコーチ、あるいはコーチングとは何かに対する誤解が多いのも事実です。

その証拠に、正しいコーチングとそうではないコーチングの線引きの理解が曖昧なままの方が多いように思えます。

まず大前提として、正しいコーチングは科学的な理論に基づいたものでなければいけません

私見ですが、多くのコーチングには理論というものが存在しません。

実はこの、「理論がない」という状態が大変問題なのです。

では、「理論がある」とはいったいどのような状態で、なぜ「理論がない」のが大変な問題なのでしょうか。

それをお伝えするためにまず理解していただきたいのは「抽象化」という考え方です。

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抽象化

抽象化(abstraction)とはものごとの共通点を見つけ出すことです。

たとえば、目の前に「コーヒー、水、炭酸水」が並んでいたとします。 これを見たあなたは、どうも共通点があるぞと感じました。

これらは見た感じはすべて違うようだが、どれも液状である。 そして飲んでも人体に無害だし、そのうえ飲んだことへの満足を得ることができる。

そこであなたは、この「コーヒー、水、炭酸水」に共通点に、「飲み物」という名前を与えることにしました。

この作業が「抽象化」に他ならないのです。 ふと横に目をやったあなたは、「食パン、たまご、チーズ」が置いてあることに気がつきました。

抽象化のコツをつかんだあなたは、これらをまとめて「食べ物」と名付けようと考えました。 もう手慣れたものです。

さて、あなたは、新しく生まれた「飲み物」と「食べ物」をしげしげと眺めました。

なんだかこれらにも共通点があるような気がするぞ、あなたはそう考えます。

かたや液体であり、かたや固体である。 しかし、どちらも飲み下すことができ、無害な上、満足感をあたえてくれる。

これらをひとまとめにして扱うことはできないだろうか。

よし、これらを「飲食物」と名付けよう。

こうしてあなたは、それぞれ別に存在している6つの存在から共通点を探していき、新しい概念を生み出しました

直感的な説明ですが、「抽象化」とはこのような作業なのです。  

 

科学的理論

さて、科学的な理論とはどのようなものをそう言うのでしょうか。

科学的理論とは、科学的手法によって構成された知識の体系です。

ここで言う科学的な手法とは、ルールに基づいて「仮説、実験、検証」を繰り返していくことです。 少しわかりにくいでしょうか。

理論とは、世の中にある事柄を上手に説明できるような説明原理のことである、と理解しておけば良いでしょう。

理論の構築には、直接的にせよ間接的にせよ、たくさんの学者が関わります。 学者の頭の中には、大量の知識が詰まっています。

それこそさきほどの例とは比べものにならないくらいの大量の知識です。

学者はたくさんの知識を抽象化することで、目の前の現実を上手に説明できるアイデアはないものかと試行錯誤します。

そのようにしてはじめてできあがるのが科学的な理論なのです。

 

抽象化された理論がないと経験則になる

科学的な理論は適応範囲が広い

さて、科学的な理論がないとまずいという話に戻りましょう。

さきほども書いたように、科学的な理論とは、学者によって大量の知識が抽象化されたものでした。

大量の知識が抽象化されてできた理論は、多くのものに適合します。

さきほどの例を思い出してください。

「飲み物」の中に入っている知識は、「コーヒー、水、炭酸水」の3つだけでした。 「飲み物」は3つのものにしか適合しません。

しかし、「飲み物」のひとつ上の「飲食物」に入っている知識は「コーヒー、水、炭酸水、パン、たまご、チーズ」の6つであり、それだけ適合範囲が広いと言えます。

 

コーチングに理論がないとどうなるか

これはコーチングの理論についても同じことがいえます。

大量の知識を抽象化した結果できあがった科学的な理論に基づいたコーチングは、それだけ適応範囲が広いと言えます。

つまり、多くの人にあてはまるやり方であるということです。

しかし、理論がないコーチングではそうはいきません。

もちろん理論がないコーチングも、何かに基づいてコーチングが行われるはずです。

しかしそれは、抽象化された理論ではなく、当人がうまくいった経験則です。

経験則に基づいたコーチングとは、自分はこうやったらゴールを達成できた、だから君も同じようにやりなさい、というようなものです。

その経験は、その人はうまくいったけれども、別の人にうまくいくとはかぎりません。

のどが渇いた人がコーヒーを与えられても喜ぶとは限らないが、飲み物の中から選択させれば満足できる可能性が高いということと同様です。

このように、大量の知識が抽象化された科学的な理論のないコーチングは、特定の人にしか効果のない偏ったものになってしまうおそれがあり、だからこそ問題なのです。  

 

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苫米地式コーチングにおける理論とは何か

  それでは、苫米地式コーチングはどのような理論に基づいているのでしょうか。  

元祖コーチ

コーチングの元祖にルー・タイス(lou tice)という人がいます。

もともとフットボールのコーチ(インストラクター)であったルーは、その指導の中で、目標達成できる人間になるためには上手なやり方があるようだと気づきました。

いまから40年以上前にルーは、そういった経験則をもとにしてクライアントの目標達成を支援するコーチングを作りました。

現代的なコーチングが生まれた瞬間です。

その後ルーは、その時代ごとの最先端の科学的な裏付けを導入し、コーチングの理論化をはかりました。

結果としてルーのコーチングは、アメリカ版上場企業ともいえるフォーチュン500の62%やオリンピックチーム、そして、連邦政府機関、州政府機関、国防総省、警察などの公的機関に導入されるようになりました。

コーチングと認知科学の合流

そういった流れの中、最先端の学問的知見をコーチングに導入する目的で呼ばれたのが、認知科学者の苫米地英人(hideto tomabechi)博士です。

ルーを中心に形成されてきたコーチングに、苫米地博士の長年の研究成果が盛り込まれ、ついに誕生したコーチング理論に基づいて設計されたプログラムが「TPIE」です。

これは西洋的なコーチング理論の決定版とも言えるものでしょう。

 

苫米地式コーチングとは

一方で苫米地博士は、ルー・タイスと出会う前から自身の科学的知見を生かした目標達成術を指導してきました。

実はその中には、TPIEには盛り込まなかった数々の技術が存在します。

そういった知識、技術のすべてが導入されたコーチング理論が「苫米地式コーチング」なのです

 

理論は進化する

もちろん理論とは一度作って終わりというものではありません。

完全な理論というものは存在しないからです。

その意味で理論とは、つねに改善していくべきものであるといえるでしょう。

「苫米地式コーチング」は、現役の科学者である苫米地博士自身によって、現在もよりよい理論へとアップデートが日々行われる、いわば現在進行形の理論であるということができます。

 

認知科学とは

ところで、苫米地式コーチングのバックボーンとなっている認知科学(cognitive science)とはどのようなものなのでしょうか。

認知科学とは、情報という観点から人間の認知を解明しようという問題意識を持った学問のことです。

その中で中心的にあつかわれるテーマは、人間にはマインド(mind)があるという事実です。

マインドとは広義には「脳と心」ことですが、ここではいわゆる「心」のことであると考えておけばよいでしょう。

認知科学は、心の存在を前提にして、モデルをつくり、そのメカニズムを研究してきました。

そしてその成果は、われわれの生活に大きな影響を与えるようになってきています。

そうした研究成果をふんだんに盛り込み、クライアントがゴールを達成するためのマインド(脳と心)を科学的に構築していくための理論が苫米地式コーチングなのです。

 

コーチは何を与えるか

さて、しっかりとした理論的裏づけがコーチングに必要であり、苫米地式コーチングにはそれがあるということはご理解いただけたでしょうか。

ここでひとつ、苫米地式コーチングにおける重要なプリンシプルをお伝えしましょう。

コーチングはゴール設定(goal-setting)からはじまり、そのゴールをコーチは評価してはならないというものです。

クライアントは自分でゴールを発見し、自分でそれを達成するのです。

その意味でコーチは、クライアントが自らの足で立ち、自ら歩みを進めていくことを促す存在であるといえます。

それでは、コーチはクライアントに何も与えないのでしょうか。

それは違います。

クライアントが自らの足で立ち、自ら歩みを進めていくために必要な「マインドの使い方」を与えます。

直接的に説明するかどうかは別として、正しいマインドの使い方は必ずコーチからクライアントへと伝わります。

これこそがコーチという職業が与えるものであり、それは認知科学の理論によって裏付けされた「苫米地式コーチング」だからこそ可能なことなのです。  

 

《*ゴール設定に関してはこちらを参考にしてください→「コーチング理論から考える正しい目標設定の方法」「コーチング理論から考える一歩先に進んだ目標設定の方法」

 

まとめ

コーチングとは、科学的な理論によって裏付けされたものであるということでした。

認知科学の理論によって裏付けされた苫米地式コーチングが与えることのできるものは、ゴール達成のために必要な、正しいマインドの使い方であるということでした。

参考にしていただけると幸いです。

 

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大人のための読解力養成講座

 

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苫米地式認定コーチ、TICEコーチの高嶋芳幸です。

現代人は、活字に接する機会が増えています。

インターネット身近なものになり、ソーシャルメディアが次々と生み出されてきたことが一番の要因です。

ツイッターやフェイスブックを活用している人は大勢いますし、単純にグーグルで検索してサイトを閲覧するということも多いでしょう。

そこで重要になってくるのが、活字を読み解く力です。

この力のいかんによって、触れることのできた活字から取ってこれる情報の質と量が大きく変わるからです。

活字を読み解く力、つまり読解力があれば、それだけ豊かな人生を送ることができるようになるといういうのは言い過ぎではないでしょう。

そこで今回は、読解力について書いてみたいと思います。

この記事を読むことで、読解力とは何か、読解力をつけるにはどうすればいいのかがわかるようになるはずです。  

 

読解とは何か

読解とはどういうことでしょうか。

一般に読解といえば、国語における読解問題が思い浮かぶかもしれません。

ですがこの記事では読解を、「主に活字で書かれた情報をできるだけ正確に理解すること」と定義してみたいと思います。

実はこの「できるだけ正確に」というところが非常に難しいのです。

「そんなことはない、自分はしっかりと文章を読めているはずだ」と思う方もいるかもしれません。

それがなかなかそうもいかないのです。

読解の難しさには、「情報の歪み」というものがあるからです。

情報の歪みとは、そこで述べられていることが歪んで伝わるということです。

この「情報の歪み」には2種類あります。

1つは、情報側が生み出す歪みで、もう1つは、読み手の認識が生み出す歪みです。

順番に説明していきましょう。  

 

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情報側が生み出す歪み

伝言ゲーム

伝言ゲームという遊びをご存知でしょうか。

集団が列をつくり、最初の1人にメッセージを伝え、それを順番に最後の1人まで伝えていくというゲームです。

メッセージを伝える際には、伝える人と伝えられる人以外には聞こえないようにするというのが重要なルールです。

そうすると、最後に1人に伝わる頃には思ってみないようにメッセージが変質します。

これ自体は遊びなので、他愛もないものなのですが、実はこれが読解にも本質的なところで関わってくるのです。

 

仏典

いまから約2600年前にインドでうまれた釈迦は、生涯を通じて独自の哲学を展開し、多くの地を説いてまわりました。

その教えはいまもなお我々の生活に影響を与えています。

たとえば、「縁起でもない」という言葉がありますが、この「縁起」とはもともと仏教用語です。

このような、日常生活に溶け込んだ仏教用語はほかにもたくさんあります。

さて、釈迦の教えはどのように伝わっていったのでしょうか。

そもそも釈迦は教えを文字によって記すことを許しませんでした。

なので釈迦の存命中は、教えは口伝によって伝えられました。

釈迦の入滅後(死後)になると、釈迦から直接教えを受けた人たちや、そのまた弟子といった人たちによって経典(教えを文字でまとめたもの)が成立するようになりました。

有名な「法華経」などがそれにあたります。

さらに時代が進むと、そういった経典を解説した「注釈書」というものが現れます。

たとえば聖徳太子が著したとされる「三経義疏」は、さきほどあげた「法華経」の注釈書です。

そして現代なると、その聖徳太子の「三経義疏」を解説した本もあるでしょう。

もちろん、それぞれの経典や注釈書にはその都度の意義は存在しますが、人を通じて伝言しているため、釈迦のオリジナルな考えからすれば、情報の歪みが起こってしまうのは避けられないでしょう。

実際に時代が下るほどに、どう考えても釈迦の教えではないだろうという内容が仏教に入り込んでくるようになります。

釈迦の教えはあくまで例ですが、情報とはこのように、オリジナルなものから離れるほどに歪むという性質があるのです。

 

情報側の歪みにどう対処すべきか

ということは、いくらあなたが目の前の文章を正確に理解しようとしたとしても、その文章はすでに歪んだ情報である可能性があるということです。

どうすればいいのでしょうか。

正確な読解を心がけるためには、目の前の文章だけにこだわるのではなく、一次情報にアクセスするべきです。

たとえば、ある事件を扱ったネット上の記事があったとして、それをできるだけ正確に理解したいとします。

その記事には、情報源となったものがあるはずですから、そこまでさかのぼって読むということです。

記者が参考にした共同通信が配信したニュースも目を通す、といった感じでしょうか。

そうすれば、目の前の記事を読むにしても、単純に記事を読むよりも深い理解を得られます。

 

できるだけ一次情報に触れていく

そしてできることなら、記事に書かれた事件が起こった場所や当事者に直接触れられるといいでしょう。

そのほうが共同通信や記者を経由していないぶん情報の歪みが少ないからです。

また、その記事を書いた記者に会うこともおすすめです。

そうすることで、記事からだけでは読み取れなかった記者の体感を感じることができます。

これらのような方法で認識を深めた上で記事を読めば、情報が伝わってくる間に生じる歪みの影響を少なくできるはずです。  

 

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読み手の認識が生み出す歪み

たくさんの一次情報に触れ、その上で文章を読むことができたとしても、それでも情報が歪んでしまうことがあります。

それは読み手であるわれわれの認識そのものに歪みがあるからです。

それについて説明していきたいと思います。

 

スコトーマ

コーチングの概念で「スコトーマ」というものがあります。

わたしたちはそれぞれ、全く別のものを重要であると考えて生きています。

これは意識に上がっているものだけではなく、無意識もふくめた広い領域の中での話です。

たとえばあなたが警察官であったとします。 街を歩いていて人とすれ違った時、不審な人物を見かけました。

多くの人はなんだか変な人がいるなと感じるだけであったり、あるいはその存在に気づきもしないかもしれません。

しかし、警察官であるあなたは、それまでの経験から得られた知識を動員してその不審者を見つめます。

武器を持っているのか、犯罪を犯して逃亡中なのか、女性を襲う暴漢なのか、ありとあらゆる可能性を感じます。

このように、その人が過去にどういう経験をしてきたかによって、対象の認識が異なるのです。

そして、認識の外側にある対象や、領域そのもののことを「スコトーマ」といいます。

警察官ではない人はちょっとくらい怪しい人を見かけたとしても、まさか「武器を持っている」とは思わないでしょう。

この「こいつは武器を持っているかもしれない」という認識がスコトーマです。

わたしたち人間は、それぞれ違った形で必ずスコトーマを持っています。

1人として同じ過去の経験を持つ人間はいないし、だからこそ今何を重要と思って生きているのかも人によって全く違うからです。

 

読解はスコトーマとの戦い

このスコトーマの原理は、読書をする際にも同じように働きます。

ある著書を読み解こうとしたとします。

幸運なことに、著者に会って話を聞くこともできました。

それでもわたしたちはその著書を歪んだ形でしか読めないということなのです。

なぜなら、著者の見ている世界と読み手の見ている世界が一致することはないからです。

残念なことに、著書がそこに込めた意図を100パーセント純粋な形として理解することは不可能なのです。

 

どのようにスコトーマと戦っていくか

その中にあって、できるだけ著者が述べていることを純粋に理解する方法とはどのようなものでしょうか。

原理だけ言えば、著者と同じようなものの見方ができるようになればいいということになります。

著者と同じ記憶を持てばそれが再現できます。 あたりまえですが、それは不可能です。

というよりも、そもそもそれができるのならば著者の本を読む必要がなくなります。

完璧に著者になりきるのは不可能だとしても、できるだけ著者の記憶の状態に近づけるための方法を2つ紹介します。

 

関連分野の知識を習得する

1つは、著者が述べている分野の関連知識を増やすということです。

たとえば、著者が現代の経済について語っている本を読むとしましょう。

そこには必ず議論の下敷きとなった学問的な知識があるはずです。

たとえば、ミクロ経済学やマクロ経済学は当然含まれるでしょうし、現代の経済であれば政治の知識も下敷きにしているでしょう。

また、場合によっては金融の知識や銀行史、経済学を成り立たせている数学理論なども知っておくとよいかもしれません。

とにかく、ひとつの内容について語るということは、いろいろな分野を下敷きにしているはずなので、それをあらかじめ学んでおくということです。

 

著者のその他の著作を読む

また、その著者がたくさん本を出している人ならばしめたものです。 読むつもりのもの以外の本も全て目を通しましょう。

そうすることで、著者のオリジナルな視点というものがわかるようになってきます。

著者の本を1冊読んだだけではわからなかった視点が、たくさん読むことによって浮き彫りになってくるということです。

読み手がスコトーマによって読み解きを邪魔されないためには、以上のような方法が有効です。  

 

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アプリオリはない

さて、情報側の歪み、読み手のスコトーマによる歪みそれぞれへの対策を書きました。

これらを意識すれば、正確な読み解きに近づけるはずです。

ただし、ここで最後に強調しておきたいのは、そもそも絶対的なものは存在しないという事実です。

ゲーデルをはじめとするさまざまな学者たちの知的リレーによって、20世紀にこのことが証明されました。

つまり、カントのいうアプリオリ(何者にも先立って自明であるとされるもの)は存在しないということです。

ということは、唯一絶対の正確な読み解きも存在しないということになります。

つまり、読解とは常に必ず誤読を生むものなのです。

では、できるだけ正しく読もうとする態度は不要なのでしょうか。

決してそんなことはありません。

正しくない読み解きよりも、完璧ではないがかなり正しい読み解きの方がよいはずだからです。

あくまで絶対的な正解はないと肝に命じた上で、できるだけ正確な読み解きを行っていきましょう。  

 

まとめ

この記事では、読解力をつけるために気をつけるべきことを書きました。

情報の歪みをできるだけ減らすために、一次情報に触れる必要性と、スコトーマを外す方法を紹介しました。

また、唯一絶対の正しい読み解きは存在しないということでした。

参考にしていただけると幸いです。

 

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身も蓋もないから誰も言わない、文章力を上げるためのトレーニング法


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苫米地式認定コーチ、TICEコーチの高嶋芳幸です。

インターネットがない生活を想像することは、もはや不可能といっても過言ではないでしょう。

老若男女を問わず、ネット空間へとアクセスする時間は伸びてきています。

最近では、 IoT(Internet of Things: モノのインターネット)という言葉が象徴的なように、その傾向にますます拍車がかかっているようです。

それに伴い、わたしたちは否が応でも書くという行為に直面せざるをえなくなってきました。

ブログ、フェイスブック、ツイッターなど、15年前には想像もできなかったツールが登場し、わたしたちは書くことと日常的に接するようになっています。

そういった事情のため、現代では質の高い文章力を身につけることがますます価値を帯びることとなりました。

まさに、ライティングスキルは身を助けるという状況です。

そのため、どのように文章力を鍛えていくかについて、日夜思いを巡らせている人も多いことでしょう。

そこでこの記事では、文章力のトレーニング法を紹介します。

あまりにも身も蓋もない話なので、語られることは少ないのですが、その本質をしっかりと理解して取り組んでもらえれば、必ずや文章力が向上することを請け合います。  

 

文章力鍛える一般的な方法論

文章力を鍛えるために、一般的にはどのような方法論が語られているのでしょうか。

例えば、このようなものがあげられます。


・専門用語は避け、わかりやすい表現を心がける

・パラグラフ(段落)ごとのまとまりを意識する ・論理的なつながりに注意する

・誤字、脱字がないように気をつける

・読み手を想定して書く


こんなところでしょうか。

先に言っておきますが、これらはすべて重要です。

どれひとつ欠けても、質の高い文章を書くことはできません。

実際にこのブログでも、論理的思考力の鍛え方について記事を書きました(「論理的思考力を鍛える第一歩」)。

このように、書くために必要な方法論はたくさん語られていますが、多くの場合に欠けている視点がひとつだけ存在します。  

 

書くことは身体表現である

それは、書くことは身体表現であるという事実です。

言い換えれば、文章は書き手の肉体を通じて現れるということです。

頭の中で考えたことを文字を用いて書かれる文章が、身体表現であるという事実には違和感を感じるかもしれません。

もちろん文章を書くことは、スポーツのようにアクティブに体を動かすということではありません。

そうではなく、文章を書く際にはそこに必ず書き手の身体が存在しているということです。

ということは、上述した文章力を鍛える方法論をただ理解しただけでは、文章力は上がらないということです。

つまり、実際に自分の全身を総動員して訓練を積んでいかなくては、文章力をものにすることはできないということです。

自転車に乗ることを想像してください。

上述した方法論は理論であり、前もって知っておくべき知識です。

いわば、自転車という乗り物がどういうものか、どのようにして乗るのかという予備知識にあたるといえます。

しかし、それを知っただけでは自転車に乗れるようにはなりません。

実際に自転車に乗り、失敗を重ねながら身体で学ぶという段階を経ないことには乗れるようにならないでしょう。

同様に、文章も身体を通して体感的に学ぶ必要があります。 これは忘れられがちな事実ですが、最も重要なことであると言えます。

 

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身体を通して文章力を鍛える方法

では、身体を通して文章力を鍛えるために、どのようなアプローチをしていけばいいのでしょうか。 実にシンプルな方法を二つ紹介します。

 

1:たくさん読む

まずは何にもまして、たくさんの読書をすることです。

これには二つの意味があります。

一つは、たくさん読むことで大量の知識を得ることであり、もう一つはたくさんの文章を身体で吸収することです。

知識がなければ、よい文章は書けません。 なぜなら、よい悪いを判断する根拠は、多くの場合すでに持っている知識に依存しているからです。

文章を書く際、何かひとつ単語を決定したいと考えたときに、たくさん知識のある人はそれらを参照にしながら最適なものを選び出すことができます。

だからこそ、知識があったほうが有利なのです。

文章の中で話題にしている内容に直接関係のないように見える知識であっても、たくさんあったほうがよいと言えます。

文章をたくさん読めば、知識もさることながら、さまざまな文章のスタイルに触れていくことができます。

自分の好みの文章もあれば、そうでないものもあるでしょう。

もちろん、好みのものをどんどん読んでいけばいいのですが、好みのものでなくても学ぶべきところはあります。

それがなぜ好みでないのかがわかれば、自分がそうならないようなコントロールができるようになるからです。

そういった意味でも、とにかくたくさんの文章に触れることは大切です。

以上のように、知識を習得するためにも、文章を吸収するためにも、ひたすら読書を通じて身体で感じていくというプロセスが欠かせないのです。

 

2:たくさん書く

読むこと以上に重要なのは、実際に書いてみることです。

意外なことに、文章力を鍛えたいという人に限って書くことをしていない例がたくさんみられます。

そういう人は、あらかじめ方法論に通達することに目が向いてしまい、実際に自分の身体を使って書くという段階に進めないでいるようです。

もういちど自転車の例を思い出してください。

いくら自転車の乗り方、素材、歴史、上手な乗り手のことなどに通達したところで、自転車に乗れるようになるでしょうか。

絶対に無理です。

それは、単に自転車に詳しくなっただけで、自転車に乗れるようになったわけではありません。

文章も同様で、最後には自分の身体を使って書いた量が質を決定します。

もちろん、その際に正しい方法論を知っておくことは必要でしょう。

なぜなら、不毛な努力をしてしまう恐れがあるからです。

それでもやはり、実際に書くことをないがしろにしてはいけないのです。

アメリカの心理学者でアンダース・エリクソンという人がいます。

エリクソンの行った研究で、トッププロの音楽家たちに共通して見られるのは、圧倒的な練習時間であったといことがわかっています。

文章力をあげるためには、とにかくたくさん書くことが大切です。

 

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読みながら書くというワーク

たくさん読んで書けといっても、いったいどのようにアプローチしたらいいのだと戸惑うかもしれません。

そこで、最後にひとつ、具体的な練習法を紹介したいと思います。

実際に身体を使い、読みながら同時に書き写すという方法です。 それを「写経」といいます。

印刷技術のなかった時代、本は貴重品でした。

なぜなら、一冊一冊を手書きで書き写していかなくてはならなかったからです。

実はこれがたいへんなトレーニングになっていたのです。

身体を通して文章に触れていくという訓練は、ナチュラルに文章力を向上させたはずです。

手前味噌のように聞こえてしまうかもしれませんが、私は数年間にわたり何10冊もの本を写経した経験があります。

好きな作家や評論家の文章を、かたっぱしからキーボードで書き写していきました。

そのなかで、文体、リズム、響き、調子といった、極めて言語化しづらいエッセンスを身体で学ぶことができました。

とてもいい訓練になったと思います。

みなさんも、この人の文章は魅力的だなあと思ったら、実際に身体を用いて写経してみることをおすすめします。  

 

まとめ

文章力をつけるためには、書くことが身体技術であるという事実を知るのがその第一歩でした。

そのことをふまえて、たくさん読み、たくさん書くこと、地味で身も蓋もない話ですが、これが本質であるということでした。

参考にしていただけると幸いです。

 

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論理的思考力(ロジカルシンキング)を鍛える第一歩


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苫米地式認定コーチ、TICEコーチの高嶋芳幸です。

ビジネスパーソンのあいだでは、論理的思考力、つまりロジカルシンキングを鍛えることが重要視されています。

終身雇用モデルが通用しなくなりつつある現代、意識の高いビジネスパーソンは、自分のキャリアにおいて武器になるものを探すことに熱心になっているということでしょう。

そこで今回の記事では、論理的思考力(ロジカルシンキング)を鍛えるための考え方を紹介します。

論理的思考力(ロジカルシンキング)を鍛える意義

論理的思考力を鍛える意義とは何でしょうか。

現代の社会において、物事は言語に基づいて成立しています。

法律をはじめとして、あらゆる規則、法則は最後には言語化されるということです。

ということは、論理的であればあるほど、物事の規則をしっかりと認識し、法則を見つけ出すことがしやすいということです。

そのことは、あらゆる物事に最短で最適な解を得られるということを意味します。

なので、論理的であれば社会において成功しやすいといえるでしょう。 社会における成功こそが、多くのビジネスパーソンが論理的思考力を身につけたがる一番の理由なのではないでしょうか。

もちろん、論理で割り切れない現実というのがたくさんあるのは事実です。

社会に関わっているのは感情のある人間なのだから当然です。

だからといって論理的であることをないがしろにしていいわけではありません。

フェアで堂々した成功を目指すビジネスパーソンにとって、論理的思考力は強力な武器となるでしょう。

上達するためには意識化することからはじまる

論理的思考力に限らず、何かを上達しようと思うのならば、その何かがどのような仕組みになっているのかを理解することが必要です。

難しい本をやみくもに読んだからといって、論理的思考力は鍛えられません。

その意味で、論理的思考力を鍛える前段階として、論理とはいったい何か、また、論理的思考力とは何かを確認しておく必要があります。

論理とは何か、論理的思考力とは何か

論理とは、言語活動において二つ以上の内容をつなぐ働きのことをいいます。 具体例をもって説明します。

「村上春樹が新刊を出した。

だから私は本屋に行った」という文章があったとします。

この文章では、三つのことが述べられています。

一つめは、村上春樹が新刊を出したということ。

二つめは、私は本屋に行ったということ。

そして、三つめは、村上春樹が新刊を出した「結果」、私は本屋に行ったということです。

この三つめに注目して下さい。

三つめは、二つの出来事を「原因と結果の関係」で結びつけています。

このように、言語で表現された内容どうしを、なんらかの関係で結びつけているその関係のことを論理と呼びます。

ということで、論理的思考力とは、「言語内容の背後にある関係を上手に扱う力」のことであると言えます。

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論理の基本的な形

論理の分類の仕方はさまざまあります。

この記事では、もっともシンプルで扱いやすい分類を紹介します。 世の中の論理の形を三つに分けてみます。

すなわち、1:抽象具体関係、2:対比関係、3:因果関係です。

それぞれ説明した上で、それぞれの関係を明示する代表的な「接続語」をいくつか紹介します。

1:抽象具体関係

「今日はいろいろな人に会った。

たとえば、弁護士、医者、野球選手などだ」という文章があったとします。

抽象的な「いろいろな人」の具体例として、後に続く「弁護士、医者、野球選手」述べられています。

このような抽象的なものと具体的なものを言い換えて結びつける関係を、抽象具体関係といいます。

別の例としては、「営業成績でトップをとった。

つまり、出世への切符を手にいれたということだ」という表現などがあります。

抽象具体の関係を明示する接続後には「つまり」、「たとえば」などがあります。

これらの接続語は「=(イコール)」として認識するとイメージしやすいと思います。

前後で抽象度が変わっているので、厳密な意味ではイコールではないのですが、同じことを別の言葉で言い換えているという意味でイコールと認識するとよいでしょう。

2:対比関係

「人間は思考することができる。

しかし、チンパンジーは思考することができない」という文章があったとします。

この場合、人間とチンパンジーを比べ、それぞれ思考することができるものと、できないものとして説明しています。

このような二者間以上の対象を比べる関係を、対比関係と言います。

対比関係を明示する接続語としては、「しかし」、「ところが」、「でも」、「それに対して」などがあげられます。

この接続語を見つけたら、前後で何かが対比されていると考えればよいでしょう。

3:因果関係

「急発進で車をスタートさせた。

なぜなら、なにものかが近づいてきたからだ」という文章を考えてみましょう。

この文章では、車を急発進させた理由として、なにものかが近づいてきたからだと述べています。

このように、物事の原因、結果、理由などに基づいて作られる関係を因果関係といいます。

ちなみに、さきほどあげた村上春樹の新刊の例は、因果関係の一種です。

因果関係を明示する接続語は「だから」、「なぜなら」などがあげられます。 これらの接続語を見たら、論をひとつ進めようとしている、あるいはひとつさかのぼろうとしている、と考えるとよいでしょう。

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論理的思考力(ロジカルシンキング)を鍛えるためには論理の形式を意識する

言葉を使っている以上、みなさんは例外なく論理を用いて思考しているといえます。

ただし、そのほとんどが無意識で行われています。

それだけに、どれだけ上手に論理を使っているかは人それぞれです。

論理的思考力を鍛える第一歩として、まずは身の回りの言語表現が上記三つのパターンのどれにあたるかを考えてみるといいでしょう。

つまり、自分の使っている論理を意識化する、ということです。

読んでいる本、隣の人が話している会話、いまから発するつもりの意見、テレビドラマのセリフなどなど、すべてが分析の対象になります。

そのように論理に意識を向けることが、論理を上手に扱えるようになるための第一歩として極めて効果的なのです。

まとめ

今回は論理的思考力(ロジカルシンキング)を鍛える第一歩としての考え方を紹介しました。

論理とは何かを理解し、基本的な論理のパターンを日常生活の中で意識することが大切だということでした。

参考にしていただけると幸いです。

 

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