「感情に任せて子供を怒る親や教師に読んでほしい指南書」

 

この記事には、感情に任せて子供を怒る親や教師を批判し、どうすればその状況を改善できるかについての視点が書かれています。


感情に任せて怒ることで子供を指導をする親や教師が多く存在します。
私は教育の現場に長くいましたので、そういう親をや教師をたくさん見てきました。そんなときは、私が介入できる範囲でそういった事態を解消しようと試みました。上手くいったときもあれば、そうでないときもありました。怒られる子供はみな一様に、実に苦しそうでした。そんな経験をたくさんしたからか、私は感情に任せて怒るという行為が嫌いです。私も人間なので人に対して感情的になってしまうときもありますが、なるべくそうならないように訓練を続けています。感情に任せて子供に怒るという問題に対して、私たちはどう考えていけばいいのでしょうか。

怒ることと叱ることの違いは、怒る(叱る)側の動機の抽象度の違いです。抽象度(levels of abstraction)とは、ここでは視点の高さの違いと捉えておきます。怒る際の動機は、自分が腹が立ったからです。子供のためだとか、生徒のためだとかいろいろと言い訳はしますが、本音では自分が腹が立ったからとしか思えない指導があり、それを怒るというのです。一方で、叱るとは、自分もこのことを相手に伝えたいという思いと同時に、相手の成長のためにはこのことを理解しておいたほうがいいという思いが動機となるものです。ここでは、自分と相手を同時に維持する視点があります。これは、怒るよりも高い抽象度であると言えます、このように、「怒る」は自分だけという抽象度の動機に基づくものであり、「叱る」は自分と相手を含む抽象度の動機に基づくものと定義しましょう。

怒ることの問題点は、セルフエスティーム(self-esteem)が育たないことです。セルフエスティームとは、自尊心のことであり、自分の価値に対する自己評価のことです。先ほど感情にまかせて怒るということは、自分だけのための行為であると言いました。怒られた方からすれば、こちらのことはお構いなしで、感情をぶつけられたわけです。しかも怒る内容に部分的な正当性があったりするから困ったものです。たとえば宿題をしない子供に向かって「さっさと宿題をしないか!」などと怒鳴る場合です。宿題はする必要があるのもわかるということで、子供は全面的に感情ごとそれをかぶってしまいます。だからいつの間にか、自分は至らぬことがあれば、親の感情の都合に任せて怒鳴られるような価値の人間なのだとなります。こういうことが続けば自尊心は養われないでしょう。


親や教師が子供を怒る際には、怒る対象となる子供の至らぬ点以外のことがロックアウト(lock out)されています。
ロックアウトとはロックオン(lock on)と対になる概念で、認知が限定されてしまっていることを意味します。例えば、映画を集中して見ている時は、映画にロックオンして、座席の座り心地はロックアウトされているという状態です。ロックアウトされたもの全ての物事をスコトマ(scotoma)といいます。ロックオン/ロックアウト、スコトマが生まれること自体が悪いわけではありません。人間としてあるべき状態です。ただし、何かがロックアウトされスコトマが生まれてしまっているという可能性を忘れることが問題です。子供の至らぬ点にのみロックオンし、至らぬ点があるから怒ってもいいのだと正当化し、何の吟味もなくただ感情的に怒るということが問題なのです。


感情に任せて怒る(怒りそうになる)自分を発見したら「子供の至らぬ点にロックオンされた結果、何がスコトマになっているのか」というセルフトーク(self-talk)をすることが重要です。
セルフトークとは自分で自分に語りかける言葉のことです。もちろんこれでロックアウトされたところが見えればよいですが、仮にすぐに見えなくても問題ありません。ただ感情に任せて怒るのではなく、「何かスコトマがあるのでは」という吟味を与えることが重要なのです。そのことにより、次第に落ち着いてきます。落ち着いてくれば、IQが回復しますので、何か見えてくるものがあるはずです。


落ち着いた上で、必要であれば叱りましょう。
IQを取り戻し、ロックアウトされたものがいくらか見えてきた上で、総合的に判断して必要であれば、落ち着いて叱ればいいのです。「こういう理由で~~はよくない。そんなことをするなんて君らしくないよ」と淡々と伝えればいいのです。子供の自尊心を傷つけず、良くない点を一度だけ認識させ、次の成長につなげる指導はとても重要です。そして子供の成長は、親や指導者に喜びをもたらしてくれるはずです。このような自分も相手もハッピーになれるような視点から注意を与える指導を叱ると言いました。もちろん、ロックアウトされたスコトマはどこまでいっても外しきれるものではありませんが、脊髄反射的に感情に任せて怒るような代物よりは、遥かに妥当で、子供のためになる指導ができるでしょう。

 

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「いつまでたっても微塵も変化・成長できない人々」


この記事は、変化・成長できない人が、批判を上手に扱うマインドの使い方をすることで、どこまでも変化・成長できるようになる方法が書かれています

 

いきなりでタイトルと矛盾するようですが、放っておいても人は変化します。なぜなら、人はそもそも流動的な存在だからです。特段の努力をしなくても、誰でも老化することを考えればうなずけるでしょう。ただし、成長となると話は別に思えてきます。そこには暗黙の前提として、「向かいたい方向へ進むような形で変化する」というニュアンスがあるからです。さて、いつまでたっても変化・成長できない人がいます。言い換えると、ただ自然の老化にまかせて、望む方向へと変化・成長できないということです。この記事では、そういった問題について考えていきましょう。

どうすれば望む方向へと上手に変化・成長できるかといえば、批判を素直に受け入れることです。ここでの批判とは、「提言」、「中傷」、「提案」、「示唆」、「小言」、「フィードバック」、「アドバイス」といったすべての表現を含むことにします。つまり、自分が良い方向へと変化していくために必要な外からやってきた情報すべてであり、その表現方式は問わないということです。この意味での批判を素直に受け入れ、新しい自分のあり方として取り込むことができるかぎりにおいて、人はどこまでも変化・成長していくことができます。なぜなら人は流動的な存在であり、そのことをルー・タイスが示した言葉で言い換えると「人間には無限の可能性がある」からです。

批判を素直に受け入れられない人は、現状のコンフォートゾーン(confort zone)にしがみつく人です。コンフォートゾーンとは、物理的・情報的な自分自身の安心できる領域のことです。たとえば、それは長い間住んだ家であり、あるいは慣れ親しんだ肩書き、あるいは自分はこういう人間だというセルフイメージ(self-image)などです。人間には無意識の内に、コンフォートゾーンを守り、そこに安住しようとする性質があります。このコンフォートゾーンをの性質を理解し、コンフォートゾーンを広げていくことが変化・成長そのものです。批判を素直に受け入れることができない人は、変化・成長していくために必要な新しい情報を自らコンフォートゾーンにしていくことよりも、過去から現在まで続いてきた自らのコンフォートゾーンを守ることの方が優先されてしまっている状態です。

批判を素直に受け入れられない人は、自分ではなく相手を変えようとします。 これは、コンフォートゾーンを維持しようとする無意識の働きです。例えば相手から何かしらの批判を受けたとします。そしてこれを素直に受け入れることができなかったとします。人間には、相矛盾する2つの情報を維持できないというマインドの働きがあります。批判を素直に受け入れて自分を変えることが出来ない以上、コンフォートゾーンを維持するためには相手の批判そのものを変えるしかなくなります。相手の批判に反発したり、聞こえないふりをしたり、ぐずぐず言い訳をして結局受け入れなかったり、相手の人格攻撃をはじめたりします。驚くべきことに、相手の批判を認知することすらできない場合もあります。いずれにせよ、自分ではなく批判や批判をした相手を変える(なかったことにする)ことで帳尻を合わせ、自らのコンフォートゾーンを維持しようとします。これではいつまでたっても変化・成長できません。やはり批判を素直に受け入れることが大切です

ただし、批判を受け入れることと自己評価を下げることを混同してはいけません。批判はあくまで自分が良い方向へ変化・成長していくために必要な新しい情報であり、その人の評価とはまったく無関係です。コーチングにおける自己評価の指標は2つあります。1つ目がエフィカシー(self-efficacy)であり、2つ目がセルフ・エスティーム(self-esteem)です。前者は「自己のゴール達成のための自己能力の自己評価」のことであり、後者は「自己の社会的立場、自己の価値に対する自己評価」のことです。いずれもマインド内部にある自己評価であり、ゴールを達成に欠かせないものです。たとえ批判をされたとしても、これらの評価は一切下げる必要はありません。


批判を素直に受け入れた上で、自己評価を下げないように注意しながら、生まれたエネルギーを良い方向へと向かうようにマネジメントする必要があります。
批判を受け入れるということは、それまでの自分と違った情報をマインドの中に取り込むということです。先述のように、マインドの中には相矛盾する2つ以上の情報を維持できないという働きがあります。そのため、それを解消しようとエネルギーが生まれます。そのエネルギーを、コンフォートゾーンを維持するためではなく、望ましい方向へ自分が変化・成長していくために使いましょう。これこそが、批判を「素直に」受け入れた状態です。

具体的には、批判に直面した際に、その批判に妥当性があると判断できたら、まずは一度自分の感情を脇において自分を観察しましょう。そして、「これで自分も良い方向へと変化・成長できる」と説明を与えていきましょう。一度自分の感情を脇に置いて自分を観察する作業を止観といいます。また、「これで自分も良い方向へと変化・成長できる」というような自分で自分に対して行う何らかの説明のことをセルフトーク(self-talk)と言います。このようなマインドの使い方を繰り返し繰り返し行なっていくうちにに、どんな批判も瞬時に自分に必要かそうでないか判別できるようになります。そして、意味のある批判をごく自然に自分の変化・成長のためのエネルギーに変換できるようになるでしょう。


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モチベーション(動機)の種類を理解しよう


モチベーション(motivation)
の話をしましょう。

モチベーションとは、行動の源泉となるものに名付けられた名前です。

ルー・タイス(lou tice)は、モチベーションには2種類あると言いました。

すなわち、建設的モチベーション (constructive motivation)制限的モチベーション(restrictive motivation)です。

前者は、「〜したい」「〜が好きだ」「〜を選ぶ」というポジティブな気持ちに基づいてなされる行為のモチベーションに対して名付けられたものです。。

それに対して後者は、「〜しなくてはならない。さもなくば‥‥」「〜してはならない。もししたなら‥‥」というネガティヴな気持ちに基づいてなされる行為のモチベーションに対して名付けられたものです。

ルー・タイスは、すべての行動の源は建設的なモチベーションに基づくものでなければならないと考えました。

制限的モチベーションは、その人の自尊心(self-esteem)を削り取り、自らの力で立ち上がり、選択し、行動するという人間に自然に備わっている力を損なわせる、極めて破壊的なものだからです。

 

制限的なモチベーションに基づいてしか行動をとれない人の多くは、親からそのようにしつけられたようです。

「〜をしなさい。さもないとひどい目に会うぞ」

「〜をしてはならない。もししたなら、こんなひどい目にあわせてやる」

このようなタイプのコミュニケーションを繰り返し刷り込まれることで、その人は大人になっても、同様のフレームでしか物事を考えることができなくなってしまいます。

端的に言えば、これらは恐怖に基づく脅しです。

建設的なモチベーションを引き出すスキルがないものだから、安直な方法として、恐怖を利用した制限的モチベーションで子供を管理しようとするのです。

 

このような事態は、親子関係に限りません。

メディア、上司、教師、社会、あるいは常識といった、ありとあらゆる情報が、我々を制限的モチベーションの枠組みにはめるような働きかけをしてきます。

大人であっても、継続的に外界からこのような刷り込みがなされるのです。

このような事態に対して、自分の身は自分で守るという意識を持つべきでしょう。

 

私たちにとっての希望は、正しいモチベーションとは何かについて考えぬいた先人の功績があるという事実です。

そして、正しいモチベーションを獲得するための方法論も残されています。

まずは、その第一歩として、自分の行動の源泉が、建設的モチベーションに基づくものか、それとも、制限的モチベーションに基づくものか、観察してみるといいでしょう。

エクスペクテーションと単なる期待の違い


「期待感」にはやっかいな側面があります。

 

コーチングの重要な概念として、expectation(期待、期待感)というものがあります。

人間の持つ無限の可能性を阻害しているもは4つあり、その中ひとつがこの expectation の度合いです。

現在の自分に対する expectation が、自分のパフォーマンスの限界を作っているという考え方です。

逆に言えば、この expectation を高めていくことで、私たちはどこまでも自分のパフォーマンスを高めていくことができるとも言えるのです。

なので、私たちコーチは、クライアントが自らにどのくらい expectation を持っているかを観察します。

そして、クライアントが自身の可能性をもっともっと解放できるように expectation をするのです。

 

一方で、他人に「期待」をする人がいます。

そしてそういう人は、他人が期待通りにふるまってくれなかったら、ショックを受けて落ち込んだり、当の相手を攻撃したりします。

コーチとしての expectation も、クライアントに対する期待をするわけですが、仮に期待通りでなかったとしても、落ち込んだり攻撃したりはしません。

シンプルに、「あなたらしくない」と接するだけです。

何が違うのでしょうか。

 

他人に期待をする人は、コーチが expectation するように、他人が他人自身のゴールのために高いパフォーマンスを発揮することを期待するわけではありません。

他人が、自分の何かを埋めてくれることを期待します。

それは、

「優しい言葉をかけてほしい」

「仕事をふってほしい」

「思い通りの答えを教えてほしい」

「なんでもいいから全肯定してほしい」

「自分のことを好きになってほしい」

「いつなんどきも相手をしてほしい」

「お金をわたしてほしい」

「自分のことを評価してほしい」

といったものです。

つまり、全部自分のためなのです。

自分の何かを埋めるために、他人に期待をするのです。

 

これは、自己評価の低さからくるものであるとコーチングでは考えます。

コーチングにおける自己評価の概念は、2つあります。

エフィカシー(self-efficacy)セルフ・エスティーム(self-steem)です。

いずれも自分で自分のことを評価する指標です。

自分で自分を評価することができていれば、他人にそれを埋めてもらう必要はありません。

だから、他人になんとかしてもらおうという期待を持つ必要がありません。

そういう人は、何事も自分で達成できると信じているし、たとえ達成できなくても自分には価値があると思っています。

他人に期待する人も、本当は、自分で自己評価を上げていく方向へと進むべきなのに、他人に何かを埋めてもらうことを期待します。

それは自分に対する expectation とは真反対の方向でしょう。

期待通りにならなかった場合、その人にとっては実存の危機なわけだから、落ち込んだり攻撃的になったりするのです。

いかに自己評価が重要かということがよくわかるでしょう。

 

コーチは、クライアントにクライアント自身のための可能性が発揮されるよう expectation を向けます。

仮にクライアントの可能性が思ったように発揮されなかったとしても、落ち込んだり、ましてやクライアントを攻撃したりはしません。

なぜならコーチは、コーチ自身が徹底的に自己評価を高めるトレーニングを積み続けているからです。

たとえクライアントが expectation したほどにならなかったとしても、自分にはこの人を導くことができると確信しているのです。

「トレーニング」という言葉に注意してください。

自己評価は、まさにトレーニングのように、毎日の蓄積と、正しい取り組みによって、どこまで高めていけるのです

決して固定的なものではありません。

つまり、あなたもいくらでも変えていけるということです。

私はそれをあなたに「expectation」 しています。

年始にセルフエスティームを決めましょう

年始には、自分の価値を決める作業をやりましょう。

 

あなたの無意識は、自分で自分のことをどのくらい重要であると見なしているでしょうか。

あまり重要ではないと見なしているでしょうか。

まあまあ重要であると見なしているでしょうか。

それとも、ものすごく重要であると見なしているでしょうか。

まずは、いまあなたの無意識が自分の価値をどのように設定しているか、日常における自分の判断や行動を観察し、推察してみましょう。

その上で、できるだけ高く自分の価値を設定しましょう。

もちろんそれは、他人の価値をないがしろにするという意味ではありません。

それはまったくの別問題です。

他人とは一切関係のないところで、まずは自分で自分のことをとても大切な存在であるということを決めましょう。

そうすることで、今年一年の過ごし方ががまったく違うものになるでしょう。

 

さて、上記の声がけには、いくつか理論的な背景があります。

それについて解説します。

セルフエスティーム(self-esteem)という概念があります。

これは、無意識レベルで自分で自分の価値をどのように設定しているかの指標です。

セルフエスティームが高ければ、自分の無意識は自分のことを重要な人間だと見なしていると言えます。

しかし、セルフエスティームが低ければ、重要ではない人間であると見なしていると言えます。

 

なぜこのことが重要なのでしょうか。

ルー・タイスの有名なプリンシプルに、

All meaningful , lasting change and growth starts first on the inside and then works its way out.

(すべての意味のある、永続的な変化と成長は、はじめに内側からはじまり、そして外側へと広がる)

というものがあります。

マインド(mind)がまず変わり、外側の世界が変わるということです。

 

セルフエスティーム(自分の価値に対する自己評価)もマインドのあり方のひとつと考えられます。

だから、このプリンシプルを前提に考えれば、セルフエスティームが変わると、それにふさわしい形に外側の世界が変わるということが言えます。

より正確に言えば、自分で自分の高い価値があると確信が無意識レベルで成されれば、あなたはそれにふさわしい判断や行動を繰り返し、やがて外界はあなたを価値のある人間として扱ってくれるということだ。

だからこの一年を素晴らしいものにしたいのならば、この年始に自分で自分の高い価値を決めるところからはじめる必要があるのです。

そして、それができれば、確実に外界のあなたへの扱い方は変わってゆくでしょう。

まず何よりも先駆けて変えるべきは、あなたのマインドなのです。