組織で働いていると、必ず直面する問題が部下のマネジメントです。
ある程度の時間が経つと、自分より経験の浅い部下を指導していくことも自分の職務に含まれてきます。
自分が仕事をすることは何の問題もなくても、部下に仕事を教えるということに大変苦労する人は多いようです。
実は考えてみれば当たり前の話で、何かを実行することと、その何かのやり方を教えることはまったく別のことだからです。
スポーツでよく聞く、一流のプレイヤーが一流の指導者とは限らない、ということと同じことです。
ただし、スポーツ選手と違うのは、組織に所属するビジネスパーソンにとって自身が指導者となることは避けられないということです。
そこでこの記事では、俗に言う「使えない部下」を上手に育成していくポイントについて書いてみたいと思います。
組織に所属するビジネスパーソンに限らず、従業員を抱える経営者にとっても役に立つ内容になっていると思います。
使えない部下のよくある例
部下を指導する上司や、従業員を指導する経営者には同じような心当たりがあるはずです。
「なんでこいつはこんなに物分りが悪いのだろう」と。
たとえば、上司が部下に書類作成のやり方を指導したとします。 部下は素直に聞き、同じような書類を作れるようになりました。
これでひとつ仕事を任せられるようになったぞ、と安堵します。
あくる日、似たような書類の作成をするように、部下に指示をしました。 先日教えた書類の作り方と基本的には同じやり方なので、まあできるだろうと上司は考えます。
ところが、いつまでたっても書類はあがってきません。 どうしたことかと部下に問いただしてみると、部下は驚くべきことを言いました。
「この書類の作成方法はまだ習っていません。だからわかりません」と。
なんでもっと早く言わないのだ、と上司は感じます。
しかしそれ以前に、前回教えたことが理解できているのに、なんでほとんど同じこの仕事ができないんだ、また一から十まで教えなくてはならないのか、と暗澹たる気持ちになるのです。
こんなやりとりは、それこそごまんとあるのではないでしょうか。
使えない部下はなぜ使えないのか
さて、なぜこのようなことが起こってしまうのでしょうか。 言い換えると、使えない部下はなぜ使えないのかという問いです。
結論から言ってしまえば、このような問題は上司と部下(あるいは経営者と従業員)の視点の違いから起こります。
上司や経営者は、それまでの仕事の経験から、より高い視点でものを見ることができるようになっています。
高い視点で見ることにより、先日教えた書類作成と、今回部下に依頼した書類作成が同じものであると認識できるのです。
もちろん細部は違っているのですが、本質的な部分では同じものである、だからこそ依頼をしたわけですが、それは上司に高い視点があったからこそなのです。
視点の低い部下からすれば、先日の書類作成と今回の書類作成はまったく違うものに見えます。
部下は決して不真面目なのではなく、本当に上司の言っていることがわからないのです。
もちろんすぐに報告をしなかったことは問題ですが、先日教えたことが理解できたのなら今回もできるだろうという上司の判断がそもそも間違いであったと言えます。
抽象度
この視点の違いをコーチングでは抽象度といいます。
抽象度とは視点の高さのことであり、視点が高ければ高いほどに多くのことを見渡すことができ、物事を本質的に理解できるようになります。
本質的な理解とは、物事の部分にとらわれず、一番重要な部分を見破ることができることです。
さきほどの例で言えば、中身は違っていても同じ書類作成なのだから、本質的なところは同じだと理解する力のことです。
一般によくいう仕事のできる人とは、この抽象度がもともと高い人のことです。
そういう人は、ひとつのことを教えてしまえば、そこから本質的なエッセンスを抽出し、他のことに応用を利かせることができるのです。
組織では上に行くほど抽象度が高い
組織においては、立場が上に行くほど抽象度が高いことが想定されています。
立場が上にいくとは、物事を広い視野でとらえ、瑣末な情報にとらわれない大きな決断を迫られる機会が増えるからです。
経験を積んで上にあがっていけば、ある程度そういった能力はついてくるでしょう。
だからこそ、上司からすれば「これだけ教えればあとは理解できるだろう」ということも、部下からすれば別の何かをするのに十分ではないという状況が現れるということです。
ところで、すべての組織においてより上にいくほどに抽象度の高い思考ができる人がいるのかというと、どうもそうではないようです。
権力争いといった政治的な能力や、失敗が少ないキャリアであるとか、敵を作らない無害な人であるという理由で上に行く場合も往々にしてみられます。
現実的には、組織の上に行くほど抽象度が高い人であるとは限りません。
部下を育てるのは抽象度を上げてあげること
さて、こう考えると、部下を育てることが一体何なのかがわかってきます。 もちろん職業に応じた具体的な知識、技術を伝えていくことはもちろん大切です。
美容師ならハサミの握り方を教えるでしょうし、営業なら営業トークの進め方を教えるでしょう。
しかし、指導の本質は、そういった具体的な知識、技術の伝達とともに、高い視点でものを考えられるようにしてあげるということです。
部下や従業員の抽象度を上げてあげることが、もっとも重要であると言うこともできるでしょう。
抽象度が上がった部下や従業員は、ひとつ知識や技術を教えると、そこから得られる情報量が格段に高まります。
よく、部下や従業員が自分で考えることができないと嘆く人がいます。
そういう人は、具体的な知識や技術は教えても、部下や従業員の視点を上げること、つまり抽象度を上げることができていないのです。
以上のことからも、部下や従業員を育てる本質は、抽象度を引き上げ、高いところから広く見渡す視点を作ってあげることであるとわかるでしょう。
抽象度を上げてあげるには
部下や従業員の抽象度をあげるもっとも効果的な方法は、部下に質問をすることです。
知識や技術を与える際に効果的な質問を与えていけば、部下や従業員はひとつ高い抽象度の視点から知識や技術を考えることになります。
たとえば、飲食店での接客指導の際、はじめに喫煙席か禁煙席を尋ねるという手続きを指導したとします。
そのときに、なぜそういうことをお客様に尋ねるのか、というのも同時に考えてもらいます。
まずは単純に、お客様の中に喫煙者と非喫煙者がいるので、それらを識別するためであると言えます。
なぜそのような識別をする必要があるかといえば、お客さまのニーズに適切な誘導をするためであり、究極はお客さまに満足してもらうためだとわかります。
すべてはお客様の満足である、というところまで視点が上がれば、今度は、はじめに喫煙者か非喫煙者が尋ねることが必ずしも正しいとは限らないという可能性に目がいきます。
実際、小さな子供を連れているお客さまは禁煙席を選ぶ可能性が高いので、その場合は「禁煙席でよろしいですか」という尋ね方の方がいいかもしれない、と考えるようになります。
また、手にタバコを持っているお客様に対して、喫煙禁煙を尋ねるような質問をするようなマニュアル的な対応もなくなります。
もちろんいずれの場合も絶対の答えはなく、他のあらゆる情報をキャッチして、最適な対応をする必要があることはいうまでもありませんが。
とにかく、抽象度を高めて接客を捉えることができれば、喫煙禁煙を尋ねる指導ひとつからさまざまな判断を学ぶことができるようになります。
上司や従業員は、視点をひきあげるような質問を組み合わせながら、知識や技術を伝達する必要があるということです。
モチベーションはどこからやってくるのか
ところが、部下や従業員の中には、こちらがどのように働きかけてもモチベーションが上がらない人がいるのも事実です。
この記事でのテーマでいうのなら、抽象度なんか上げたくありませんという人がいるということです。
こういう場合は、上司や部下がいくら親切に知識や技術を伝え、抽象度を上げるような適切な質問をしたとしても、不毛な結果に終わることが多いはずです。 のれんに腕押しとはまさにこのことでしょう。
モチベーションとはどこからやってくるかといえば、その人のゴールからやってきます。
その人が心から達成したいゴールがまず最初にあり、その達成のために必要なことをやりたいと思う気持ちこそがモチベーションなのです。
もし、今の仕事のなかでの部下や従業員のモチベーションが低いようであれば、その部下や従業員のゴールが今やっていることと一致していないという可能性があるでしょう。
ありていに言えば、いまやっている仕事がやりたいことではないということです。
(*モチベーションに関してはこちらを参考にしてください→「誰も教えてくれない正しいモチベーションの上げ方」)
部下や上司のゴールを観察する
ということは、部下や従業員を育てるためにまず上司や経営者がするべきことは、彼らのゴールは何なのかを観察するということです。
その人が求めるゴールは実にさまざまです。
その人が、出世して得られる名誉がほしいのか、スキルを身につけたいのか、それとも安定志向なのか、人間関係を大切にするのか、ただただお金がほしいのか、人によって全く違います。
その人の求めるものがどこにあるのかを注意深く観察し、その達成のためにいまやっている仕事のレベルアップが必要であるという納得のさせ方をするべきでしょう。
それをはっきりと本人に伝えるかどうかは別として、本人の中で、いまやっている仕事でのレベアップが自分のゴールに一致していると納得できれば、必ず部下や従業員のモチベーションは上がるでしょう。
(*ゴールに関する詳しい説明はこちらの記事をご覧ください 「コーチング理論から考える正しい目標設定の方法」 「コーチング理論から考える一歩先に進んだ目標設定の方法」 「コーチング理論から考える、目標設定のリアリティを上げる方法」)
まとめ
この記事では、俗に「使えない」とされる部下や従業員をどう導いていくかについて書きました。
部下や従業員の抽象度を上げてあげることが重要であり、そのためには適切な質問が有効であるということでした。
モチベーションが上がらない部下や従業員には、彼らのゴールを観察し、いまやっていることがゴールにつながっていくことを納得させることが必要です。 ぜひ参考にしてみてください。