人を導く職業は世の中にたくさんあります。
たとえば、教師や宗教的指導者はその典型でしょう。
また、親も人を導く職業と呼ぶことができます。
親を職業と捉える見方には、違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、職業の本来の意味は「社会に果たす何らかの機能」です。
「社会に対してできる良いこと」と言ってもかまいません。
そう考えれば、我が子を育てることも立派な職業であるとわかるでしょう。
ところで、世間的にまだまだ正しく理解されていないのがコーチ(coach)という職業です。
教師であれば、それぞれの専門的知識を与え、宗教的指導者であれば、教義に従った原理に基づく救済を促し、親であれば社会へ適合できる人格と絶対愛を与えます。
ところが、コーチという職業は、相手に何を与えるかが少しわかりにくいため、いまいちよく理解されていない節があります。
コーチも人を導く職業なのですが、その導き方が極めて特殊なのです。
この記事では、苫米地式コーチングとは何かの説明を通して、コーチとはどのような存在であり、何を与えるのかについてお伝えしたいと思います。
コーチングとは何か
コーチング(coaching)は、コーチとクライアントが契約を結ぶところからはじまります。
クライアントはコーチに、自身のゴールの発見と達成を可能にするバックアップを依頼します。
それを受けたコーチは、コーチングの理論に基づいたさまざまな技術を使いながら、クライアントとのセッションを重ね、クライアントが確実にゴールを達成できるように働きかけていきます。
こういった関係を結んだ上で行われるコーチングを特に、パーソナルコーチング(personal- coaching)といいます。
ちなみに、クライアント自身がコーチングの理論を学び、自分自身に対してコーチングをすることはセルフコーチング(self-coaching)といいます。
《*パーソナルコーチングとセルフコーチングの詳しい説明に関してはこちらを参考にしてください→「【決定版】パーソナルコーチングとセルフコーチングの違いとは」》
科学的な理論のないコーチングはよくない
コーチングを提供している個人や団体はたくさん存在します。
この記事を読まれているみなさんも、「中身はよくわからないけど、コーチングという言葉自体は聞いたことがある」という方が多いのではないでしょうか。
コーチングがそれだけ衆目を集めるようになってきているということでしあり、喜ばしいことです。
しかしながら、冒頭の文章にも書いたように、まだまだコーチ、あるいはコーチングとは何かに対する誤解が多いのも事実です。
その証拠に、正しいコーチングとそうではないコーチングの線引きの理解が曖昧なままの方が多いように思えます。
まず大前提として、正しいコーチングは科学的な理論に基づいたものでなければいけません。
私見ですが、多くのコーチングには理論というものが存在しません。
実はこの、「理論がない」という状態が大変問題なのです。
では、「理論がある」とはいったいどのような状態で、なぜ「理論がない」のが大変な問題なのでしょうか。
それをお伝えするためにまず理解していただきたいのは「抽象化」という考え方です。
抽象化
抽象化(abstraction)とはものごとの共通点を見つけ出すことです。
たとえば、目の前に「コーヒー、水、炭酸水」が並んでいたとします。 これを見たあなたは、どうも共通点があるぞと感じました。
これらは見た感じはすべて違うようだが、どれも液状である。 そして飲んでも人体に無害だし、そのうえ飲んだことへの満足を得ることができる。
そこであなたは、この「コーヒー、水、炭酸水」に共通点に、「飲み物」という名前を与えることにしました。
この作業が「抽象化」に他ならないのです。 ふと横に目をやったあなたは、「食パン、たまご、チーズ」が置いてあることに気がつきました。
抽象化のコツをつかんだあなたは、これらをまとめて「食べ物」と名付けようと考えました。 もう手慣れたものです。
さて、あなたは、新しく生まれた「飲み物」と「食べ物」をしげしげと眺めました。
なんだかこれらにも共通点があるような気がするぞ、あなたはそう考えます。
かたや液体であり、かたや固体である。 しかし、どちらも飲み下すことができ、無害な上、満足感をあたえてくれる。
これらをひとまとめにして扱うことはできないだろうか。
よし、これらを「飲食物」と名付けよう。
こうしてあなたは、それぞれ別に存在している6つの存在から共通点を探していき、新しい概念を生み出しました。
直感的な説明ですが、「抽象化」とはこのような作業なのです。
科学的理論
さて、科学的な理論とはどのようなものをそう言うのでしょうか。
科学的理論とは、科学的手法によって構成された知識の体系です。
ここで言う科学的な手法とは、ルールに基づいて「仮説、実験、検証」を繰り返していくことです。 少しわかりにくいでしょうか。
理論とは、世の中にある事柄を上手に説明できるような説明原理のことである、と理解しておけば良いでしょう。
理論の構築には、直接的にせよ間接的にせよ、たくさんの学者が関わります。 学者の頭の中には、大量の知識が詰まっています。
それこそさきほどの例とは比べものにならないくらいの大量の知識です。
学者はたくさんの知識を抽象化することで、目の前の現実を上手に説明できるアイデアはないものかと試行錯誤します。
そのようにしてはじめてできあがるのが科学的な理論なのです。
抽象化された理論がないと経験則になる
科学的な理論は適応範囲が広い
さて、科学的な理論がないとまずいという話に戻りましょう。
さきほども書いたように、科学的な理論とは、学者によって大量の知識が抽象化されたものでした。
大量の知識が抽象化されてできた理論は、多くのものに適合します。
さきほどの例を思い出してください。
「飲み物」の中に入っている知識は、「コーヒー、水、炭酸水」の3つだけでした。 「飲み物」は3つのものにしか適合しません。
しかし、「飲み物」のひとつ上の「飲食物」に入っている知識は「コーヒー、水、炭酸水、パン、たまご、チーズ」の6つであり、それだけ適合範囲が広いと言えます。
コーチングに理論がないとどうなるか
これはコーチングの理論についても同じことがいえます。
大量の知識を抽象化した結果できあがった科学的な理論に基づいたコーチングは、それだけ適応範囲が広いと言えます。
つまり、多くの人にあてはまるやり方であるということです。
しかし、理論がないコーチングではそうはいきません。
もちろん理論がないコーチングも、何かに基づいてコーチングが行われるはずです。
しかしそれは、抽象化された理論ではなく、当人がうまくいった経験則です。
経験則に基づいたコーチングとは、自分はこうやったらゴールを達成できた、だから君も同じようにやりなさい、というようなものです。
その経験は、その人はうまくいったけれども、別の人にうまくいくとはかぎりません。
のどが渇いた人がコーヒーを与えられても喜ぶとは限らないが、飲み物の中から選択させれば満足できる可能性が高いということと同様です。
このように、大量の知識が抽象化された科学的な理論のないコーチングは、特定の人にしか効果のない偏ったものになってしまうおそれがあり、だからこそ問題なのです。
苫米地式コーチングにおける理論とは何か
それでは、苫米地式コーチングはどのような理論に基づいているのでしょうか。
元祖コーチ
コーチングの元祖にルー・タイス(lou tice)という人がいます。
もともとフットボールのコーチ(インストラクター)であったルーは、その指導の中で、目標達成できる人間になるためには上手なやり方があるようだと気づきました。
いまから40年以上前にルーは、そういった経験則をもとにしてクライアントの目標達成を支援するコーチングを作りました。
現代的なコーチングが生まれた瞬間です。
その後ルーは、その時代ごとの最先端の科学的な裏付けを導入し、コーチングの理論化をはかりました。
結果としてルーのコーチングは、アメリカ版上場企業ともいえるフォーチュン500の62%やオリンピックチーム、そして、連邦政府機関、州政府機関、国防総省、警察などの公的機関に導入されるようになりました。
コーチングと認知科学の合流
そういった流れの中、最先端の学問的知見をコーチングに導入する目的で呼ばれたのが、認知科学者の苫米地英人(hideto tomabechi)博士です。
ルーを中心に形成されてきたコーチングに、苫米地博士の長年の研究成果が盛り込まれ、ついに誕生したコーチング理論に基づいて設計されたプログラムが「TPIE」です。
これは西洋的なコーチング理論の決定版とも言えるものでしょう。
苫米地式コーチングとは
一方で苫米地博士は、ルー・タイスと出会う前から自身の科学的知見を生かした目標達成術を指導してきました。
実はその中には、TPIEには盛り込まなかった数々の技術が存在します。
そういった知識、技術のすべてが導入されたコーチング理論が「苫米地式コーチング」なのです。
理論は進化する
もちろん理論とは一度作って終わりというものではありません。
完全な理論というものは存在しないからです。
その意味で理論とは、つねに改善していくべきものであるといえるでしょう。
「苫米地式コーチング」は、現役の科学者である苫米地博士自身によって、現在もよりよい理論へとアップデートが日々行われる、いわば現在進行形の理論であるということができます。
認知科学とは
ところで、苫米地式コーチングのバックボーンとなっている認知科学(cognitive science)とはどのようなものなのでしょうか。
認知科学とは、情報という観点から人間の認知を解明しようという問題意識を持った学問のことです。
その中で中心的にあつかわれるテーマは、人間にはマインド(mind)があるという事実です。
マインドとは広義には「脳と心」ことですが、ここではいわゆる「心」のことであると考えておけばよいでしょう。
認知科学は、心の存在を前提にして、モデルをつくり、そのメカニズムを研究してきました。
そしてその成果は、われわれの生活に大きな影響を与えるようになってきています。
そうした研究成果をふんだんに盛り込み、クライアントがゴールを達成するためのマインド(脳と心)を科学的に構築していくための理論が苫米地式コーチングなのです。
コーチは何を与えるか
さて、しっかりとした理論的裏づけがコーチングに必要であり、苫米地式コーチングにはそれがあるということはご理解いただけたでしょうか。
ここでひとつ、苫米地式コーチングにおける重要なプリンシプルをお伝えしましょう。
コーチングはゴール設定(goal-setting)からはじまり、そのゴールをコーチは評価してはならないというものです。
クライアントは自分でゴールを発見し、自分でそれを達成するのです。
その意味でコーチは、クライアントが自らの足で立ち、自ら歩みを進めていくことを促す存在であるといえます。
それでは、コーチはクライアントに何も与えないのでしょうか。
それは違います。
クライアントが自らの足で立ち、自ら歩みを進めていくために必要な「マインドの使い方」を与えます。
直接的に説明するかどうかは別として、正しいマインドの使い方は必ずコーチからクライアントへと伝わります。
これこそがコーチという職業が与えるものであり、それは認知科学の理論によって裏付けされた「苫米地式コーチング」だからこそ可能なことなのです。
《*ゴール設定に関してはこちらを参考にしてください→「コーチング理論から考える正しい目標設定の方法」、「コーチング理論から考える一歩先に進んだ目標設定の方法」》
まとめ
コーチングとは、科学的な理論によって裏付けされたものであるということでした。
認知科学の理論によって裏付けされた苫米地式コーチングが与えることのできるものは、ゴール達成のために必要な、正しいマインドの使い方であるということでした。
参考にしていただけると幸いです。