やりたいことをやりましょう。まずこれを受け入れたとします。でもやりたいことだけをやるなんて、社会の中では現実的ではないのでしょうか、そう言われます。
やりたいことをやるだけでは生きていけない、そういうふうに思われる方はたくさんいるようです。でもこれはいくつかの意味で間違いです。そのうちのひとつについて考えてみましょう。
まず前提として、やりたいことだけをやって生きていけることは嬉しいのかどうかです。どうでしょうか、考えてみて下さい。嬉しいですか? 可能、不可能を問うているわけではありません。嬉しいかどうかです。できたらいいなあと思うかどうかです。そんな人生は必要ありませんという方は、この先をを読む意味はあまりないと思うので、ここまでで結構です。でも、できたらいいなあと思う方は、もう少しだけお付き合いください。
やりたいこととは何でしょうか。目的に合致した行為です。目的を私たちコーチはゴールと呼びます。達成すると嬉しい状態のことです。このゴールによってやりたいことが決まります。ということは、やりたいことを上手に生み出し、実際にやるためには、このゴールをどう扱うかが関わってきます。このあたりはまた詳しい解説が必要なので、あらためて書きましょう。ひとまず、やりたいことが自分にはある、という状態を考えます。
そんなやりたいことがある人どうしが集まるとどうでしょう。揉めるのではないかと考えるかもしれません。船頭多くして船山に登るという印象があるのですね。たしかに揉めることはあるでしょう。でも最終的にみんなやりたいことを満たしながら前に進むことは可能です。そのためには、それぞれが「本音の」やりたいことを持っていること(大前提です)と、それらを包み込む大きな方向性を考えることが必要です。
たとえば、Aさんはあっちに行きたいと思ったとします。次にBさんはこっちに行きたいと思ったとします。そのままだと喧嘩になります。でも、先にあっちに行ったあと、次にこっちに行こうとなれば解決です。バカバカしいように思えるかもしれませんが、これが真実です。そして意外なことになかなかこれが出来ないものなのです。
ひねくれた人(するどい人)はこう思うかもしれません。でもBさんは先にこっちに行きたいと思っているかもしれない、そういう場合はどうするのか、と。その場合はこっちに先に行けばいいだけです。Aさんも先に行きたいと思っていたらどうするのか、と思うでしょうか。その場合はあっちもこっちも同時に行く方法を考えるか、譲ることによって生じるより大きなメリットを考え、どちらかに譲ってもらうことを考えます。何が言いたいかと言えば、視点を変えていけば、それぞれのやりたいことを尊重しながら、ときにはそのやりたいことの形が変わりつつ、すべてを満たすことが可能であるということです。人間にはそのクリエイティビティがあるのです。
でも、はじめから無理だと決めつけていたら、そんなクリエイティビティは生まれません。なぜなら、人間は信念に基いて現実を見るからです。無理だと信じていたら、無理な情報しか見えません。まず、やりたいことを持つ。次に、隣の人のやりたいことも一緒に満たす方法を考える。そして、それが絶対にできるのだと信じる。これがハッピーですよね。参考にしてみてください。